人民解放軍と中国政治 林載桓著
文革後期 混乱招いた軍事支配の実相
文化大革命の開始から来年で50年を迎える。毛沢東が誤った認識から起こした運動を、林彪・四人組が利用して国内を大混乱に貶(おとし)めた。これが文革に対する中国の公式評価であり、30年以上も変わっていない。この凄惨な現代史を正面から掘り返すと、中国共産党の正統性に大きな傷がつくからである。

本書は文革のミクロ部分に焦点を当てた専門的な学術書ではあるが、読みやすく、また説得力に富んだ力作である。著者はソウル大学を出てから東大大学院で研鑽(けんさん)を重ねた韓国人である。本書は以下の2点において優れている。
第1に過去の文革研究では看過されてきた時代とテーマに光を当てている。文革といえば、熾烈(しれつ)な権力闘争と紅衛兵運動が展開された1960年代後半にのみ関心が集中しがちである。しかしここでは文革後期の60年代末から70年代前半にかけての人民解放軍による統治時期が主題であり、特に従来の研究では見逃されてきた各地の軍事管制の実態が解明されている。著者によれば、軍事支配は統一的で安定的なものではなく、各地で割拠状況が生じ、逆に混乱を作り出す不安定要素ともなっていた。
第2に分析枠組が明快である。著者は比較政治学の枠組を用いて、中国政治の実態を解明している。著者は合理的選択論の立場から、文革における軍介入を毛沢東という独裁者個人による利益の最大化プロセスとして描き出している。近年の中国研究が社会構造の変容にばかり目を奪われて、国家の政治エリートに対する視点が弱いことを批判する。同感である。文革期に軍の混乱を毛沢東ですら止められなかったことを教訓に、軍の力に頼る現在の中国の政治体制に注目していく必要があるとの示唆も興味深い。
本書の分析の中心に林彪事件が置かれている。軍は当時混乱していたとの立場から林彪による軍権力の膨張が毛沢東の警戒心を生んだとする従来の説に疑問を呈するのは良い。しかし林彪事件に関しては、以前から国家主席問題、四人組との抗争、米中接近をめぐる対立なども指摘されており、これらとの関連性が十分に検証されていないのが残念だ。
現在、日本の中国研究の世界では、中国人、台湾人、韓国人などの海外からの留学生たちの優れた研究業績が数多く発表されている。本書も日本の中国研究の土壌のなかで生まれ、その土壌をさらに豊かなものにしてくれた一冊である。
(防衛大学校長 国分 良成)
[日本経済新聞朝刊2015年1月25日付]
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