春秋

2015/1/19付
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詩人・萩原朔太郎はよく散歩した。師と仰ぎ「いつもうらぶれた淋(さび)しい裏町の小路をゆかれる」と追悼した三好達治によると、絶えず何かを考えながら歩いていた。立ち止まっては感想や詩の1行を手帳に鉛筆で書き込んだ。隅から隅までびっしりと字で埋まっていた。

▼しばしば迷子になったらしい。どこまで虚構か分からないが、短編小説で自らの性癖について書いている。散歩の帰りに家が見つからず、周囲をぐるぐる歩く。北へ向かったはずが、いつのまにか南に歩いていた。北陸の温泉地でも道に迷い、恐ろしい体験をする。気づくと町の住民がすべて猫になっていた(「猫町」)。

▼日本には詩人のように「方向感覚が悪い」と自認する人が多い。心理学者・村越真さんが、「なぜ人は地図を回すのか」で指摘している。米国人は道に迷った体験を恥じるが、日本では違う。気にせず語れる。背景には安全な環境への信頼がある。迷い込んでも危険な場所が少ない。迷子に寛容な「道迷い大国」だという。

▼迷子も車や病が絡むと深刻になる。高齢者による事故や逆走が続発。警察庁は、免許更新時に認知症の疑いがあれば医師の診断を義務づける案を公表した。買い物の足の確保など課題は多いが、逆走車が突然、目の前に飛び出す現実は奇談より怖い。寛容さを残しつつ、車社会のルールを根本から考え直す時期が来ている。

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