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光の子供 エリック・フォトリノ著

父が愛した女優めぐる彷徨

映画スタジオの写真家を父にもった男は自分の母親を知らない。わかっているのは、父が制作にかかわった幾多の名画を演じた女優の誰かが母かもしれないということだ。いったい父が愛した女優は誰だったのか。ジャンヌ・モロー? アヌーク・エーメ? それともオードリー・ヘプバーン? いや、ほんの端役女優なのかもしれない。

父の書き残したメモのなかにはN・Vのイニシャルがあった。いったい何を指しているのか。すべては薄闇の中にたたみこまれて、光からへだてられている。

光の子は影のなかに置きざりにされたまま、あてどない彷徨(ほうこう)を続けてゆく。今日もまた仕事のランチをぬけだして、ムッシュー・ル・プランス通りの映画館でもう何度も見たトリュフォーの「大人は判(わか)ってくれない」を見ている。

こうして作中にちりばめられたヌーヴェル・ヴァーグ全盛期の作品の数々は映画ファンにはこたえられない。「突然炎のごとく」「いとこ同士」「情事」「夜」「太陽はひとりぼっち」「死刑台のエレベーター」……。邦訳タイトルの「光」は、リュミエール、すなわち自然の光でもあり、同時に撮影照明の光でもあるだろう。「光の子」は「映画の子」なのである。

こうして読者もなかば薄闇に身を沈めつつ映画と小説のあいだを行き来してゆくのだが、映画は現代のパリを忘れさせて、往時のパリの雰囲気に運んでゆく。映画館のあるムッシュー・ル・プランス通りはひっそりと中世の面影を残す通り、父の家の在るサン・ルイ島はパリの中のパリともいうべき昔ながらの静謐(せいひつ)さをたたえて現代都市の喧騒(けんそう)を忘れさせ、レトロなパリの魅惑をかもしだす。父の愛用したカフェ、フロール・アン・リルはセーヌに面した大きな窓からふりそそぐ光が甘美な幸福感に包みこむ。「父のいつもの席」に腰かけた子の耳に父の言葉が聞こえてくる。

「ドラマティックな照明なんてダメだ。光は正確じゃなきゃいけない」。父は夜に会った女の顔など信用していなかった。「情け容赦のない真昼の太陽のもと」でこそ、「女の顔は正直」な姿を見せる。父は光の魔術師であった。この不在の魔術師の呪縛力はいつまでも息子を「影」の囚(とら)われ人にしてしまう。

男はいかにして影の中の彷徨にピリオドを打ち、自分の道を歩きはじめるのか。そして、その影に映るあの女の正体は? サスペンスによって頁(ページ)をめくらせ、しかも文章はつねにフランス的繊細さに満ちている。さすがはフェミナ賞受賞作である。

(仏文学者 山田 登世子)

[日本経済新聞朝刊2014年12月21日付]

光の子供 (新潮クレスト・ブックス)

著者:エリック フォトリノ
出版:新潮社
価格:1,944円(税込み)

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