春秋

2014/12/4付
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「そんな素晴らしい少年を呼んだら君らは皆、やられるぜ」。こう言われて瀬越憲作は答えた。「本望です」。「やられるくらいでなくちゃ」呼ぶ甲斐がない、とも言った。こうして呉清源少年は1928年の秋、14歳で海を渡って日本の棋界に飛び込むことになった。

▼桐山桂一氏が「呉清源とその兄弟」で紹介しているエピソードだ。棋界の実力者だった瀬越八段が、棋譜をみてほれ込んだ北京の天才少年を日本に招こうと考え、政界の…

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