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春秋

戦争中、英語を使いたくてたまらない14歳の中学生が神戸にいた。意を決して捕虜収容所を訪ねると、柵の向こうの「赤鬼青鬼みたいなやつばかり」の中の小柄で柔和そうな若者がほほ笑んできた。少年は話しかけた。What is your country? (あなたの国は?)

▼いまの中学生ならWhere are you from? と言うだろうが、そんなことは知らない。と、捕虜はさらに笑って一言、Scotland.(スコットランド)。「通じたッ」。少年は欣喜雀躍(きんきじゃくやく)、叫びながら家へ走った。運命の不思議か。英語にとりつかれた少年は長じて同時通訳の名手になる。その国弘正雄さんが84歳で死去した。

▼先ごろ、文部科学省が英語教育を見直す方針を出した。小学校3年で教え始め、中学は授業を英語で行い、高校で討論できるレベルを目指すという。幾ばくか効き目はあろう。ただ、英語に限らないだろうが、学ぶ側の度胸やふとした出会いこそが人を本物の勉強に向かわせる。国弘さんの思い出話に、そう思うのである。

▼私事だが、中学時代に国弘さんの本を読んで手紙を書いた。「いまどんな勉強をすればいいでしょうか」。返事を頂いた。「覚えるまでひたすら教科書を音読しなさい」。そうあって、一度お目にかかりましょう、と続いていた。残念、お訪ねする度胸がなかった。結果、捕虜に会った少年と大差がついた。やむを得ない。

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