2019年3月21日(木)

春秋

2014/11/17付
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大隈重信を推す声もあれば、平民宰相・原敬はどうかという意見もあったという。いや聖徳太子には留任してもらわねばと交代に慎重な考えも出て人事は相当もつれたそうだ。旧大蔵省での、そんな議論を経て決まったのが福沢諭吉だった。一万円札の肖像の話である。

▼ちょうど30年前の11月に、福沢諭吉の一万円札は世に現れた。バブルを体験し、金融危機に見舞われ、リーマン・ショックに苦しめられたこの30年を福沢さんは国民とともにくぐり抜けてきたわけだ。2004年に千円札の夏目漱石や五千円札の新渡戸稲造が引退したときにも続投となり、いまやその存在感は揺るぎない。

▼肖像を彫った旧大蔵省印刷局の工芸官、押切勝造さんに話を聞いたことがある。聖徳太子や伊藤博文も手がけ、名人と呼ばれた人だが諭吉にはつくづく泣かされたそうだ。「ヒゲのない平面的な顔立ちだから肉付けが難しい。線の組み立てにもてこずりましたね」。神経をやられて胃潰瘍が悪化し、胃を半分切ったという。

▼かくも難産の末に生まれた「顔」だが、目下のアベノミクスに思いは複雑かもしれない。みんなが景気回復を実感するには遠く、実質賃金は上がらず、人々のふところをなかなか温められないのだ。来月は衆院選だというが、さてその先は……。財布の中にひとり、ふたり。もっと仲間を、とぼやく30歳の福沢さんだろう。

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