ゼロ・トゥ・ワン P・ティール、B・マスターズ著
革新もたらす「独占」起業のすすめ
起業はかつてないほど簡単になった。クラウドコンピューティングの普及により開発は容易になり、ソーシャルメディアを活用すれば、巨大なマーケティングコストも必要ない。アイデアをビジネスにするためのコストは激減している。起業家はこんな時代に生きられることに感謝すべきかもしれない。一方で、社会を大きく変革するようなベンチャーが次々と輩出されているかどうかは疑問である。本書は、こんな時代に適切なメッセージを提示している。

著者はオンライン決済サービス、ペイパルの創業者で、革新的なベンチャーへの投資家でもある。本書は著者がスタンフォード大学で担当した起業の授業を基に執筆されたものであり、起業家や新規ビジネスを検討する人たちに向けた示唆に富む。
著者は過去の成功例のコピーではなく、ゼロから1を生み出す垂直的な進化を生み出すべきだと主張する。確かに、近年スマートフォンのアプリケーション開発などで成功するベンチャーは増加しており、こうした企業の中には、世界を変えようというビジョンを掲げるものもある。しかし、多くは成功例のコピーであり、革新的なビジネスはまれだろう。著者は競争を否定し、起業家に独占企業を目指すことを勧める。独占企業が責められるのは世界がまったく変化しない場合だけで、独占こそがイノベーションを促進するという著者の考えは新鮮である。
こうした企業を築くため、著者は成功が偶然の産物ではないという考えのもと、大胆な計画を立て、計画の実現に努力することの重要性を強調する。これはインターネットビジネスで一般的になりつつある、リーンスタートアップと呼ばれる手法を真っ向から否定するものである。リーンスタートアップとは、ビジネスを展開しながら仮説の検証を繰り返すことで段階的に生産性を向上させ、必要であればビジネス全体を方向転換させる手法である。確かに、あらゆる選択肢を追いかけても大きな技術革新は起きない。起業を構想する際のスケールの大きさが、大きな計画をもたないベンチャーとゼロから1を生み出すベンチャーの違いだろう。
グローバリゼーションによって成功例のコピーが世界中にまき散らされたことで、世界は環境や資源の問題を抱えるようになった。人類は、ゼロから1を生み出さない限り解決できない問題を抱えている。起業家だけでなく、多くのビジネスマンが著者の意見に耳を傾ける必要があるのかもしれない。
(富士通総研主任研究員 湯川 抗)
[日本経済新聞朝刊2014年11月16日付]