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道徳教育には伸びやかに取り組みたい

週1回の「道徳の時間」を「特別の教科」に格上げし、検定教科書を使う。数値では示さないが成績評価もする。中央教育審議会が道徳教育について、こんな内容の答申を出した。文部科学省は2018年度にも導入する方針だ。

本当に教科化は必要か、道徳心を型にはめる心配はないか。この問題をめぐっては、かねてそうした懸念があった。教科化ありきで結論が出たことは残念だが、学校現場では萎縮することなく、いじめなどを防ぐ「心の教育」に伸びやかに取り組んでもらいたい。

現行の「道徳の時間」が設けられたのは1958年だ。徳育は学校教育のさまざまな場面を通じて展開したほうが効果的だという判断から教科の枠外に置かれた。

それから半世紀、学校では社会生活のルールとマナー、人間としてしてはならないことを工夫を凝らして教えてきた。臨機応変の対応が必要なだけに教科としては位置づけにくい、との声は教育界の保守的な層にも多い。

第1次安倍政権下で教科化が浮上しながら見送りになったのも、そうした事情がある。ところが今回は昨年から着々とレールが敷かれ、首相の「宿願」実現への配慮を背景に中教審答申に至った。

もっとも答申は、教科化への不安を意識して慎重な書きぶりに終始している。「特定の価値観を押しつけたり、主体性をもたず言われるままに行動するよう指導したりすることは、道徳教育がめざす方向の対極にある」などといった指摘はもっともである。

文科省は今後、答申の具体化作業に乗り出すが、この点を十分に踏まえてもらいたい。一般の教科とは違う「特別の教科」とはいえ、検定教科書を使い、成績評価の対象にもする以上、どこまで画一性、硬直性を排したものにできるかが問われよう。

もうひとつ気になるのは、教科化が旧態依然の思想的対立を招きかねないことである。戦前の「修身」のように思想統制につながるとの批判がある一方で、これを機にもっと愛国心を育むべきだといった意見もある。イデオロギーのにじむ応酬は避けたいものだ。

学校現場にはいま、教科としての道徳への不安が募っている。しかし制度的な位置づけが変わっても、道徳は決してしゃくし定規には教えられない。人はいかに生きるべきかを、教育全体のなかで考える姿勢を失ってはなるまい。

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