2019年2月19日(火)

愉楽 閻連科著 深い絶望こもる現代中国の寓話

2014/10/28付
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現代中国史を、一県の中年県長と一村の老女リーダーとを主人公として描いた風刺小説である。受活村は明朝による強制大移民の際、特に障害者に与えられた桃源郷であったが、日中戦争期に瀕死(ひんし)の共産党八路軍少女兵士の茅枝を受け入れて以後、現代史に翻弄されていく。一九四九年に人民共和国が建国されると、彼女は村のリーダーとなって県政に加わるが、五〇年代末の大飢饉(ききん)では共産党公認の飢餓民掠奪(りゃくだつ)隊に繰り返し襲われるなど、村は悲惨な運命を辿(たど)る。これに衝撃を受けた茅枝婆(加齢して敬称の「婆」が付加されたのだ)は、県政からの離脱を自らの使命とするに至る。

(谷川毅訳、河出書房新社・3600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(谷川毅訳、河出書房新社・3600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

受活村を管轄する双槐県は河南省でも最貧県だが、大飢饉時代の捨て子から党学校の子として成長した柳鷹雀は、官僚となるや奇策により県内の村興(おこ)しを行い、ついに県長にまで出世した。そしてロシアよりレーニンの遺体を購入、自然豊かな受活村附近(ふきん)の山中にレーニン記念館を建設し、観光業による県起こしを目論(もくろ)む。

計画実現のため彼が目を付けたのは、文革直後に四人組批判キャンペーン工作で訪れ、茅枝婆の娘をナンパして四つ子の「侏儒妹」を産ませた受活村である。村の障害者によるサーカス団を組織して全国を巡演し、その興行収入で資金を調達しようというのだ。片脚の青年による火焔越しの大ジャンプ、下半身不随の女性による名人芸の刺繍(ししゅう)、爆竹を耳から提げて鳴らす聾者(ろうしゃ)……やがて受活村の人々は高額の出演料に目が眩(くら)み、障害者の楽園のような長閑(のどか)な暮らしを忘れてしまういっぽう、柳県長はついにモスクワに向けてレーニン遺体購入代表団を送り出すが……。

閻連科は精密なリアリズム小説『人民に奉仕する』により、中国版『チャタレー夫人の恋人』ともいうべきエロスと政治の世界を描き出したが、本作では壮大な現代中国の寓話(ぐうわ)を創り出したといえよう。

ところで魯迅は中国史を二分して「一、奴隷になりたくてもなれなかった時代、二、しばらくは安心して奴隷になれた時代」と喝破し、「こんな中国の歴史にいまだなかった第三の時代を創造することこそ、現代青年の使命である」(「灯火漫筆」)と語った。それから九〇年ほどが過ぎて、閻連科は現代史を、政治的奴隷を強いられる時代と経済的奴隷を志願する時代とに分けて見せたのである。そして彼の絶望は魯迅と比べてもさらに深いようである。

なお中国の県とは人口数十万で、日本の郡に相当する行政単位である。

(現代中国文学者 藤井 省三)

[日本経済新聞朝刊2014年10月26日付]

愉楽

著者:閻 連科
出版:河出書房新社
価格:3,888円(税込み)

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