金沢の郷土料理「治部煮」 食材引き立てるとろみの妙

金沢を代表する郷土料理が「治部煮(じぶに)」だ。小麦粉をまぶした鴨(かも)肉または鶏肉を、麩(ふ)や野菜とともにだし汁で煮た料理で、浅いおわんに入っている。起源や料理名の由来は諸説あるが、江戸時代中ごろに武家の食卓に並び、明治以降、一般家庭に広がったようだ。

市中心部の老舗料亭「大友楼」。加賀料理の御膳に欠かせないのが治部煮だ。浅いつくりのおわんを開けると汁の中から鶏肉や金時草、すだれの形をしたすだれ麩などが顔を出し、ワサビが盛ってある。
代表の大友佐俊さんは「汁がたっぷりなくてもいいので、浅いおわんになった」と説明してくれた。とろとろしただしとの調和が絶妙だ。料亭の庭を見ながら味わうと、心身ともに満足することができた。鶏肉の代わりに夏前には能登のカキ、冬は鴨肉を使うなど季節ごとに味わいが異なる。

店に伝わる江戸時代の料理書にも登場する。名称について大友さんは「『じぶじぶと煮る』が愛称になり、そのまま継承されたのではないか」と見る。子どものころ、店で残っただしをご飯にかけて味わった思い出があるという。
治部煮の原型は「くわ焼き」で、豊臣秀吉の兵糧奉行だった岡部治部右衛門が朝鮮半島から伝えたという説がある。一方、金沢市の青木クッキングスクールの理事長、青木誠治さんは西洋料理が影響したという立場だ。
「キリシタン大名の高山右近が金沢に26年間住んだ。金沢にポルトガルの宣教師らが出入りし、原型となる料理を伝えた可能性がある」。ポルトガルには鴨肉をベースにした料理があり、肉の臭みを消す役割のホースラディッシュの代わりにワサビが使われたという。

スクールにある郷土料理店「四季のテーブル」でも「じぶ煮」が味わえる。治部としないのは、名称は「じぶじぶ」という擬音語が由来ともいわれるからだ。鴨肉、すだれ麩、シイタケ、ホウレンソウなどが入る。
校長の青木悦子さんは「添えてあるワサビをお肉に付け、青味(ホウレンソウなど)は最後にいただくのがいい」と教えてくれた。肉や麩、シイタケ、野菜と丁寧に味わっていくと落ち着いた気分になる。
治部煮の今後について、青木校長は「地産地消のすばらしい食材を取り合わせ、家庭でもアレンジしてほしい」と強調する。店には、じぶ煮とリンゴをトッピングしたピザもある。時代とともに進化しそうだ。
金沢と和倉温泉を結ぶJR西日本の観光列車「花嫁のれん」。車両全体で北陸の和と美を楽しめるとあって人気を集める。一部のメニューに治部煮が入っている。
人気の「和軽食セット」の中に確かにあった。鶏肉やすだれ麩、シイタケ、ホウレンソウなどにワサビが添えてある。治部煮を使う理由について、JR西日本は「石川の郷土料理で最も知名度があるが、これまで弁当類にほとんどなかった。彩りもよくなる」と説明する。季節ごとに使う食材を変え、旅の魅力づくりにもつながる。
(金沢支局長 石黒和宏)
[日本経済新聞夕刊2021年8月26日付]
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