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永山治(17)特許紛争

敗訴で米進出の夢破れる トップ交渉の末、和解の案件も

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1987年10月、私は米国フロリダ州のリゾート地ウエストパームビーチにいた。ジョイントベンチャー(JV)の相手である米アップジョンのローレンス・ホフ社長に会うためだ。

ホテルに着くと日本から電報が届いていた。「米アムジェンから提訴されました。よろしくお願いします」とある。私は特許係争の経験はまったくないが、会長の上野公夫から、海外事業が絡む大事件だから君がリードして取り組めと言われた。それ以降9...

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永山治

スイスの製薬大手ロシュ傘下ながら、「自主経営」を貫き時価総額で国内製薬トップに立つ中外製薬。同社で外資との提携を決断したのが永山治さんです。少年時代には、吉田茂の懐刀で、父・時雄氏と交流のあった白洲次郎氏に刺激を受けます。「苦労知らずのぼんぼん」と自らを称しますが、ときに大胆な行動に出ます。ソニー、そして東芝の取締役会議長も務めた永山さんが半生を振り返ります。

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