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疫病の精神史 竹下節子著

聖性の証となった不浄・不潔

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人々に治癒という奇跡を行っていたイエスを、ファリサイ人たちが、食前に手を洗う掟(おきて)を破っていると問いつめた。当時、ユダヤの教えでは病や死は罪に対する罰で、償いと清めこそ治癒と信じられ、衛生観念が食物のタブーなど、厳しい清めの掟を定めていた。

だが、儀式と化した手洗いという偽善を嫌うイエスは、「口に入るものは人を汚さず、口から出て来るものが人を汚す」「外側を造られた方は、内側もお造りになったの...

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