脱ターゲティング後の広告の未来 メディアと「ヒト」へ回帰するか
先読みウェブワールド (藤村厚夫氏)
米アップルが、同社のスマートフォン向け基本ソフト(OS)のiOSを「14.5」へとアップデートしてから2カ月が経過した。14.5では、広告業界を長らく騒がせてきた「ATT(アプリ追跡透明性)」機能がついに公開されたこともあり、業界へのインパクトに関心が集まっている。

ATTは、個人データ保護の姿勢を強めるアップルが、スマホアプリによる個人データの追跡を規制する目的でiOSに盛り込んだ。最近、新たにアプリを使い始めようとする時など、「他社のAppやWebサイトを横断してあなたのアクティビティの追跡をすることを許可しますか?」という表示を見かけたことがあるかもしれない。
これがATTにより表示が義務化されたメッセージだ。利用者は、アプリが自分を追跡することを、「許可」するか「トラッキング(追跡)しないように要求」するか選択できるようになった。
では、ATTの表示を見たスマホ利用者は実際のところどう反応したのだろうか?
フルリー(Flurry)、アップスフライヤー(AppsFlyer)をはじめ、いくつものアプリ関連の調査会社からその結果が報告され始めている。それによると、利用者が追跡を許可した比率は、最低11%から最大で40%ほどだ(全世界)。少なくとも6割は拒否を選択したことになる。これは事前に業界関係者が予測していた結果に近いが、厳しい結果であることに違いはない。
さて、利用者の初期の反応は見えたが、今後はどうなるのだろうか?
引き続きスマホ利用者の多くが自分の行動履歴の追跡を許可しなければ、広告のターゲティング(個人を狙い撃つ)精度が大きく落ちることになる。グーグルやフェイスブックを代表格とする広告配信事業者、その広告を掲出するメディアやアプリ事業者などが打撃を受ける可能性がある。

実際、追跡のための技術や大規模データで広告収益を伸ばしてきたフェイスブックは、アップルのこの動きに猛然と反対してきた。さらに、広告予算に限りのある零細な広告主も、ターゲティングが効かなくなれば打撃を受けると主張する。
では、そのような懸念は現実となりそうか? 今のところ最悪のパニックは起きていない。最大の理由はアンドロイド端末で、ATTのような強い規制がないことだ。
アンドロイドを提供するグーグルは今年の主催イベントで、ATTに似た機能を発表するとも見られていたが見送った。当面iOS向けの広告が縮小し、アンドロイドで伸びるだろう。広告効果分析会社によるとiOSへの広告が6月1日~7月1日に約3分の1減少、アンドロイド向けは1割増えたと米ウォール・ストリート・ジャーナルは報じている。
しかし、追跡型広告に消費者の反感は強い。法規制も厳しくなる一方だ。長期的には、他の手法への移行が始まることになる。今後は、そもそも購入を意図した読者が集まるようなメディアへの広告が再評価されることになるだろう。さらに、もう一つ。商品の魅力をうまく語れるようなインフルエンサーへの期待がさらに高まりそうだ。
これから、メディアとヒトへの回帰が動き出すことになりそうだ。
[日経MJ2021年7月11日付]
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