「同性に相談したい」 女性産業医、高まる存在感
社員の健康を守る産業医で、女性医師の割合が高まっている。働く女性が増え、特有の悩みについて「同性に相談をしたい」という声があるためだ。企業側もそのニーズをくみ、女性産業医を選ぶ動きが広がっている。

5月27日夕方、ポニーキャニオン(東京・港)人事総務部の森ひとみさん(40)は同社の産業医、勝木美佐子さん(53)を訪ねた。面談室でアクリル板越しに向かいあうと、森さんは「テレワークが長期間続き、首の後ろが痛くなってきて。つらいです」と約20分相談した。勝木さんは「パソコン画面を凝視すると目は相当疲れます。1時間に5分程度、ソファで横になってみては」とアドバイス。森さんは「ちょっとした悩みも相談しやすい」と信頼をおく。
日本医師会によると、現在有効な認定産業医は全国で約6万7300人で、女性はうち20.1%(2020年時点)を占める。08年の13.9%から約6ポイント増えた。
働く女性が増加 「同性に相談したい」ニーズ高まる
増加の背景には、女性の社会進出がある。この15年で女性の就業者数は300万人以上増えた。女性特有の病気やメンタル面の悩みなど、同性の産業医に相談したい、というニーズが高まっている。
ポニーキャニオンでも社員の4割を女性が占める。人事総務部の古宇田(ふるうた)隆之助部長は「勝木先生は女性の悩みを上手に引き出してくれる」と評価する。現在は月に3~4件ほどの相談が勝木さんに寄せられるという。
勝木さんはこの5月、自身が経営するクリニックのビルに、産業医専用の部屋を借りた。通常は契約する会社30社を毎月訪問し、面談をしているが「会社内で相談するのはハードルが高い。同僚に見られたくないという社員もいる」からだ。「コロナ禍で医療施設にも行きにくいが、ここなら気楽に来てもらえる」
働き方が変化する中、女性ならではの経験が生きる場面も増えてきた。
電子商取引(EC)支援のBEENOS(ビーノス)では、日本国内で65人の外国人が働く。産業医の穂積桜さん(45)は今年1月、台湾出身の20代の女性と面談した。コロナ禍で海外の家族と会えず、不眠がちになったという。
出産や育児、転勤への同行など、経験が生きる
穂積さんはかつて夫の海外転勤に伴い、上海の日本人向けクリニックで医師として働いた。現地駐在員の健康相談に乗り「家族と離れて働く人の孤独感はよく分かる」。経験をもとに生活リズムの整え方をアドバイスし、女性の不眠は解消したという。
ビーノスは女性比率が4割で、平均年齢も33歳と若い。労務管理を担当するHR室の中野貴登室長は「穂積先生は出産・育児の経験もあり、アドバイスを受けられる」と話す。同社は穂積さんの助言で子宮頸(けい)がんや乳がん検診の受診補助や残業時間削減に取り組み、国から健康経営優良法人の認定を受けた。
穂積さんは「在宅勤務の場合、小さな子どもを持つ女性は、自分の健康を後回しにしがちだ。誰かに相談するのもおっくうになる」と指摘。漢方や睡眠をテーマにしたオンラインセミナーを企画し、不調のサインを見落とさないよう、メッセージを送る。
コロナの職場感染予防で、産業医の役割は一段と高まっている。ポニーキャニオンの産業医、勝木さんはワクチンの職域接種にも携わる。都内の企業9社の担当医を務めるスミス・朱美さん(51)は毎月1度の職場巡視で、感染予防を繰り返し要請する。
このコロナ禍のように、産業医への相談は専門以外にも及ぶ。眼科が専門のスミスさんは「あらゆる病気への勉強が常に必要」と話す。「企業、従業員とその家族、そして国と、多面的に社会に貢献できる」のが仕事の醍醐味だ。
「家庭と両立 若い世代増える」 日本医師会常任理事・神村裕子氏

――女性の産業医が増えている。
「女性社員が相談する場合、同性の方が健康についての特有の悩みなどを話しやすいと感じるようだ。女性管理職の悩みのサポートも女性の産業医にお願いしたい、という会社もある」
「医師側からみると、緊急時の対応が必要になる臨床医と比べ、産業医は勤務時間がはっきりしており、勤務地も選べる。年代別で活動している男女比をみると女性は30代で42%、40代が33%と若い世代で高くなっている。家庭と両立しやすく、子育てをしながら働けるからではないか」
――医師会としてどう支援するか。
「女性医師バンクというウェブを2007年1月に開設した。これまで臨床医を紹介していたが、近年は産業医が増えている。女性の産業医を探したい企業はウェブを通じて情報登録から紹介・成立まですべて無料で利用できる」
「このほか全国医師会産業医部会連絡協議会を20年5月に設立した。産業医からの相談を受け付けるほか、企業との契約に関する煩雑な交渉や事務作業の代行をしてくれる優良な業者を活用するなどの事業を開始している。女性も安心して活動できるようにバックアップしたい」
――自身も産業医として勤務した。企業経営者に求めたいことは。
「私は臨床医勤務の経験が38年あるが、働く人の疾病を予防する産業保健が行き届いていないと感じていた。企業の社長ら経営トップには、病気で社員を失うことほどもったいないことはない、働く人を大事にしてほしいと訴えてきた」
「企業のトップは産業医と会って健康についての経営方針を伝えてほしい。産業医もそれを踏まえて、社員の働き方改革への助言ができる」
経営者は必要性知って
従業員の健康管理のために50人以上の事業所で選任義務があるのが産業医だ。主な仕事は(1)従業員の健康相談や事業者が実施した健康診断の結果の点検(2)長時間労働やストレスチェックで問題がある従業員の改善指導(3)休業者の復職支援だ。また職場巡視で労働環境の改善を求める権限(勧告)があり事業者は尊重しなければならない。
取材のような女性特有の悩みに気軽に相談に乗ってくれる産業医の数はまだ少ない。「女性活躍推進」を掲げる企業が増える中、より多くの経営者に女性の産業医の必要性に気がついてほしい。
(近藤英次)
[日本経済新聞朝刊2021年7月5日付]
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