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脱炭素経営、シナリオ分析重要に 揺れる「前提」の読み解きカギ

Earth新潮流 三井物産戦略研究所シニア研究フェロー 本郷尚氏

NIKKEI BUSINESS DAILY 日経産業新聞日経産業新聞 Earth新潮流

企業が経営戦略を策定し「脱炭素」を求める投資家との対話を深めるなかで、気候変動のシナリオ分析がこれまで以上に重要になってきた。

最近は米石油大手エクソンモービルの定期株主総会で、環境派の「物言う株主」が推す取締役候補3人が選任された。英蘭ロイヤル・ダッチ・シェルに対しては、オランダの地方裁判所が脱炭素の加速を促す判決を下した。日本企業でも株主総会で脱炭素に配慮した経営方針を定款に入れるよう求められるなど、投資家の圧力は強まっている。

そもそもシナリオとは何なのか。気候変動問題で扱うのは長期のものだ。2030年を目標にすると10年近くあるし、50年となると30年も先だ。その間に技術も政策も変わるだろう。シナリオでは、政治経済や社会、技術に大きな影響を与え得る変化を前提として将来を描く。

天気予報は数日先を、経済予測は2~3年先の将来を「当てる」ことが目的だ。しかし、長期の気候変動シナリオの中でも前もって決めた目標から逆算するかたちで道筋を示す「バックキャスト型」のシナリオでは物事の前提が重要な要素となる。

最近頻繁に引用されるのが、国際エネルギー機関(IEA)が5月に発表した特別報告書だ。50年までに二酸化炭素(CO2)排出量を実質ゼロにするための工程表をまとめた。

発表の席上、ビロル事務局長は「『50年実質排出ゼロ』は政府が決めたものだ」と強調した。技術、政策、投資などの進捗について400もの通過点を示して道筋を描いたと説明した。400の通過点がこの報告の核心だろう。

再生エネの導入拡大で石油需要が減り新規油田開発が不要になるとの見方も(シェルの製油所)=ロイター

IEAは再生可能エネルギーの導入拡大を前提に、電化が気候変動対策の原動力になると考えている。製鉄では電炉、車両では電気自動車(EV)などの電化が高度に進展することで化石燃料需要が減り、CO2の排出も減るとのロジックだ。

化石燃料は再生エネで足りない分を賄う役割を担い、石炭は10分の1に、石油・天然ガスは3分の1に需要が減る。「IEAは油田投資をやめるべきだと提言している」との解説も見かけるが「石油需要が大きく減るため新規の油田開発がなくとも需要を満たせる」という客観的な説明として読み解くべきだろう。

需要が減ると価格競争力のある油田しか残らない。そのため石油輸出国機構(OPEC)への依存度が52%に跳ね上がるのも自然な帰結だ。

豊富な再生エネ電力があるため化石燃料の需要は減り、CO2の地下貯留(CCS)といった技術の必要性も低下する。50年に再生エネ由来の「グリーン水素」が化石燃料由来の「ブルー水素」を上回るのも当然というわけだ。

一方IEAの特別報告書で、穀物などを使ったバイオマス燃料については、生物多様性や農業の持続可能性を守るためか他の分析ほど供給量が増えるとは見込んでいない。そこで航空部門ではエネルギーの3分の1が水素からつくる合成燃料で賄われるとのシナリオを描いている。

やはり今回のIEAの分析のポイントは再生エネだろう。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)による同様の報告書のシナリオに比べても再生エネ比率が高い。国や企業は再生エネ発電や送配電、蓄電、EV充電などのインフラ整備を急ピッチで進めなければならない。

例えば、風力発電では18年実績の6倍となる600ギガワット相当の建設を30年間続ける必要がある。また、50年時点の削減分の半分については現状だとまだ実証中やそれ以前の段階の技術を使う。

イノベーションのための国際協力がうまく進まないと、実質排出ゼロの実現は90年にまでずれ込むと指摘する。400の通過点はボトルネックの可能性も示唆している。

日本では国立環境研究所なども独自のシナリオ分析をしている。いずれも技術や科学に基づく。しかし前提は様々で、前提が異なれば道筋が異なるのは当然だ。安全保障の観点で受け入れられないものもあるかもしれない。「正しいシナリオは1つ」という考えもあるが、多様なシナリオが使われているのが現実だ。

国内外で様々なシナリオを使いこなすには、さらにいくつか留意点がある。

国ごとに再生エネの導入比率や産業構造は違う。排出実質ゼロへの取り組みのスピードも違うため、道筋も多様だ。ましてや企業となると各社で手掛ける事業が異なるため、「世界シナリオ」の縮小版を当てはめるのには無理がある。重要なのは、世界シナリオからどのように企業戦略を導いたのかの説明だろう。

「前提」が実現するかどうかは不確実だ。例えば鉄鋼産業が「水素がふんだんに供給されるシナリオ」を基に脱炭素戦略を描いても、水素が想定通り供給されるとは限らない。政策やエネルギーなど周辺環境が異なっても柔軟に対応し、会社や事業を継続させるのが経営者の責任だ。前提が公表されればシナリオ分析には代替案のヒントがある。

シナリオは1つの正解を与えてくれるものではない。想定をみて、実質排出ゼロは難しいと考えるだけか、ボトルネックにチャンスがあると考えるかは、読み手次第だ。

[日経産業新聞2021年6月18日付]

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