女性社員が管理職代行体験 三井住友海上、意欲を刺激
女性活躍推進が声高に叫ばれながらも、女性管理職比率は思うように伸びない。管理職になりたがらない女性社員が多いからだと企業は嘆く。未知の領域への挑戦は誰もがためらうもの。ならば女性の不安解消のために管理職を一時的に実体験させてみてはどうだろうか――三井住友海上火災保険は女性管理職増加へユニークな施策を試みた。

課長に4日間つきっきり 業務を代行
「先週から進んでないね、いつ顧客に連絡するの?」「本当にこの契約は取れるの?」
三井住友海上火災保険総合営業第五部の米重沙緒理さん(30)は、男性課長が入社3年目の若手男性社員を叱責する様子を傍らで見守っていた。2020年12月に他部署の課長に4日間張り付き、管理職の仕事を間近でみて、一部代行した。その部署の営業報告会での出来事だ。
米重さんも営業職。毎期数値目標の達成に追われている。つい若手社員に感情移入し、そんなにきつく言わなくても……との気持ちになった。だが、課長から理由を聞き「なるほど」と納得した。
彼は当期に高い売り上げ目標を立てた。入社3年を経て、プロセスだけでなく結果が求められる立場だ。くだんの案件は成長のきっかけになると期待し、任せた。だから特に厳しく指導しているという。
「管理職は部署の数値目標さえ達成すればよいのかと思っていた」と米重さんは話す。ただ突き放したわけではなく、課長がその若手社員を「困ったらいつでも相談に来い」とフォローする姿もみた。部下一人ひとりの長所と短所を頭に入れ、どう仕事を任せれば成長するか、管理職が日々心を砕いていると知った。「育てながら成果も上げる。課長の仕事に興味がわいた」
「責任が重すぎて無理」 無意識の偏見崩す狙い
三井住友海上火災保険の20年度女性管理職比率は15.1%。ここ3年で7ポイント上昇したが、女性社員比率65%と比べると物足りない。なぜ増えないか。一因は女性の意識だ。課長になりたいかを社員に尋ねた調査に、男性は87%が「なりたい」と答えたが、女性は13%にすぎなかった。「責任が重すぎて無理」「結婚・子育てとの両立ができそうにない」などの声が上がった。
だが本当に管理職は女性にできないのか。実情が分からず、尻込みしているだけではないか。そんな問題意識から、部下持ち課長の職務を体験してみる「マネジャー・チャレンジ」(略称マネチャレ!)を昨年度始めた。
対象は営業部門。社内でも特に女性管理職比率が低い。何かあればいつ何時でも顧客対応が求められる。数値目標の達成の重責も担う。女性に向かないポスト――女性に限らず男性も、そんなアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)を持っている。あえて厚い壁を突き崩す狙いだ。
4日間連続で1人の課長に密着し、可能な限り業務を代行する。新任マネジャー研修も事前に受講して、マネジメントの基礎を学び、23人の女性社員が課長になってみた。
橋本直子さん(41)もその一人。役職は現在も課長だが、部下はいない。2人の小学生を育てるワーキングマザーだ。「同期の男性は部下を持つ課長に就き始めているが、子育てと管理職の両立ができるか、不安があった」と話す。
東京郊外で営業支社長を体験。複数の代理店・顧客を支社長と訪問し、販売戦略を提案した。「販売目標は妥当か、日程はタイトすぎないか。どこかに無理があれば代理店に負荷がかかり、目先の販売目標は達成しても中長期的に販売が滞る恐れもある。全体を俯瞰(ふかん)する見方を学んだ」
子育てとの両立でも光明がみえた。支社長代行として5人の部下と人事面談する中で、管理職は仕事を1人で抱え込まずとも、部下に上手に権限委譲すれば部署を回せると気づいた。「ワーキングマザーも管理職になれる」

重責に見合うやりがい体感 「やってみたい」に意識変化
23人は「マネチャレ!」前、全員が管理職になりたくないと考えていた。だが、挑戦後に22人は「なってみたい」と変化した。1人ではなし得ない仕事ができ、部下の成長に寄り添える。重責に見合うやりがいを体感したからだ。
「マネチャレ!」は男性管理職の意識も変えた。「無理させてはかわいそう」と遠慮して、責任が伴う難しい仕事は男性部下に割り振る傾向が社内にはみられた。だが4日間女性社員を付きっ切りで指導した男性課長は、彼女らの仕事への意欲を知り、今までの姿勢を見直したという。
総合営業第二部の遠藤学課長は別の気づきも得た。「チームをグイグイ引っ張るのが理想の管理職だと思っていた」。だが受け入れた女性社員は部下の仕事上の悩みを聞き出し、それを基に個々の意見を引き出す会議の運営法を提案してくれた。「寄り添うリーダーシップなら、女性も抵抗なく管理職に就ける」
多くの企業で女性社員は昇進・昇格意欲に乏しいといわれている。その責は女性側にあると思われがちだが、企業風土の影響も見過ごせない。「マネチャレ!」を主導した東京企業第一本部の宇都宮重忠部長は「年次を重ねれば管理職に自然と就くと思っている男性社員と違い、女性社員は自分が管理職になった姿を入社以来、思い描く機会がない。自分事として考える機会があれば女性の意識も自然に変わる」と指摘する。
女性管理職の少なさは日本企業に共通する課題だ。とはいえ無理な抜てきはあつれきも生む。女性が自然と昇進・昇格する風土をどう醸成するか。実体験に勝る学習機会はない。
(編集委員 石塚由紀夫)
[日本経済新聞朝刊2021年5月17日付]
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