コロナ禍での経営、「跡取り娘」はどう立ち向かう
2021年版中小企業白書によると、経営者の高齢化や新型コロナウイルスの影響で、20年の廃業件数は過去最多となった。そんな中で注目されるのが女性の跡継ぎだ。事業承継は女性が経営者になるきっかけとして最も多い。思いがけず会社を継いで経営を立て直し、コロナ禍にも立ち向かう女性経営者を紹介する。
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現場への権限委譲生きる 東横イン社長/黒田麻衣子氏
国内外で326店舗のビジネスホテルを運営する東横イン(東京・大田)の社長に就任して約9年。訪日外国人の増加やビジネス需要で売上高を伸ばしてきたが、コロナショックで状況は一変した。

8割あった月の平均稼働率は一時2割台に。「ホテル従業員に、出勤を減らしてもらうのは心苦しかった」。それでも雇用調整助成金を活用し、賞与も継続して、従業員の収入減を10~15%に抑えるよう努めている。
昨年3月末、「医療従事者や都関係者の宿泊先として、もっとホテルを活用して」と都庁に連絡をしたところ、小池百合子都知事からじかに折り返しの電話があった。「コロナウイルス軽症者の宿泊療養先として協力してほしい」
「驚いたが、断る気持ちはなかった」と黒田さん。それまでも海外からの帰国者やダイヤモンド・プリンセスの下船者を受け入れていた。客室の清掃や一般客と宿泊エリアを分ける采配など、対応してきた経験の蓄積があった。
社長就任以降、支配人に各ホテル運営の権限を大幅に委譲してきたことも、コロナ禍という想定外の事態で役立った。支配人の9割超が女性だ。年1回、自ら面談し、育成に力を注いできた。療養先となることを決めたときも反対はなく、従業員への説得を引き受けてくれた。
支配人はホテルの収支管理やスタッフの採用はもちろん、自治体との連携など幅広い責任を持つ。地元とのネットワークも太い。「『受け入れの時期や設備の不具合への対応など、支配人が自ら判断してくれるので、色々なことが迅速に決められる』と都の人に言ってもらえた」
そもそも、今のキャリアは人生の想定外だった。大学院を卒業後、父・西田憲正氏が創業した東横インに就職したが、結婚し2005年に退職。専業主婦として子育てのまっただ中に、会社の不正改造や不法投棄問題が発覚した。
08年に西田氏が逮捕されたのを機に、急きょ副社長として会社を支えることに。「父は後継者を育てていなかった。会社がなくなってしまうと焦り、父に電話して『私にやらせてください』と伝えた」と振り返る。
会社に戻ると、退職当時100店舗に満たなかったホテル数は200を超していた。だが不祥事に加え、リーマン・ショックの影響もあり、社員の顔は暗い。支配人から「副社長は現場の大変さを分かっていない」と指摘されたことも。
支配人の声を丁寧に拾い、従業員の新規雇用の対策を立てたり、働き方改革を進めたりした。また創業者の娘として、役員や社員が直接言えない宿泊料金割り引きの提言を父である西田氏に持ちかけたりもした。地道に築いた本社内やホテル支配人との信頼関係が、今、生きている。
ビジネス・旅行などの宿泊需要は回復せず、苦しい時期が続く。だが「テレワークや仕事中の休憩など、地域の人にもホテルを活用してもらえるような、新たな施策を打ち出していく」と前を向く。
(聞き手は砂山絵理子)
苦しいときはあえて挑戦 ダイヤ精機社長/諏訪貴子氏
自動車部品の寸法にくるいがないか確認する「ゲージ」という測定具がある。1000分の1ミリ単位の精密加工が求められるこのゲージの製造で、ダイヤ精機は国内随一の技術を持つ。多くの製造業が直面するように、同社もコロナ禍と無縁ではなかった。

昨年3月、金型部品など大量生産品の需要が減り始めた。「また来たか」。受注が8割減り、単月ベースで赤字に陥ったリーマン・ショック時の記憶がよみがえった。一方で落ち着いてもいた。設備投資を進めて技術力を磨き、危機に強い経営体制を築いてきた、との自負があった。
自動車産業は危機後を見据えて開発・生産体制を組む。「先を見越してゲージの注文は増えるかもしれない」。すると期待した通り、金型部品などの受注と反比例するようにゲージの需要は伸びた。生産効率を上げるツールの導入もあり、2021年7月期は売り上げは横ばいだが、増益の見通しだ。
精密加工のゲージは不良品を出してしまった場合の損失リスクが高い。撤退も選択肢にあったが、技術力維持のために続けてきた判断が生きた。「苦しくてもあえて挑戦することが将来の自分や会社を助ける」。改めて胸に刻みつけた。
創業者の父の急逝で主婦業から経営者に転じた。大学卒業後は他社に就職。社内で知り合った男性と結婚して2年で退社し、息子に恵まれた。結婚披露宴の司会のアルバイトなどはしていたが「自分が経営トップになることは想像していなかった」。
状況は息子が小学1年生になった04年に大きく変わった。父が入院することになり、医師と面談すると白血病で「余命4日」だと宣告される。悲しみに暮れる時間もない。後継者を急いで決めなければならなかった。
適任だと思う夫は念願の米国赴任を控えていた。すると思いがけず、会社幹部から社長になってほしいと懇願される。「女が社長でも構わない?」。社員の生活を支えなければならない重圧に押しつぶされそうになりながら、バトンを受け取ることになった。
すぐに厳しい現実に直面した。銀行の支店長に「おまえ、本気で頑張らなきゃダメだぞ」と突き放された。景気低迷で売り上げはピーク期の半分以下に落ち込んでいたのに社員数は27人で変わらず、経営は火の車。眠れぬ夜を過ごし、就任1週間で5人のリストラを決めた。
経営は全くの素人だった。「オーラがない2代目ならではのボトムアップ経営を目指そう」と決めた。リストラによる社員の反発をおさえるため、作業着姿で工場に入っては声を聞いた。会社への要望を受け止めたほか、整理整頓を徹底。作業効率を上げるなどし、経営を軌道に乗せた。
今は大手企業の社外取締役も務める。「理解できないことは理解できない、と発言するのが私の仕事」。受け身の「待ち工場」ではなく発信する町工場として、さらなる挑戦を続けるつもりだ。
(聞き手は女性活躍エディター天野由輝子)
[日本経済新聞朝刊2021年5月3日付]
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