郷土の味「イカにんじん」が人気のお通し 福島・郡山

福島県内と同県郡山市周辺の食材や郷土料理を積極的に提供して集客に成功しているのが「居酒屋 安兵衛」だ。お店の場所はJR郡山駅から徒歩5分の場所にあり、地元客のほか出張の会社員や観光客も来店する。
この店は2011年の東日本大震災など数々の災難を乗り越えている。どのように苦難を乗り越えているのか、店主の早川健児さんにお話をうかがった。
安兵衛は1984年にオープンした。当初は地元客をターゲットにした親しみやすい居酒屋だった。東日本大震災では、被災した10日後には営業を再開した。
震災復興関連の工事関係者などの利用もあり、同店は集客できたが、問題は仕入れ先で起きていた。風評被害で知り合いの養鶏場が廃業するなど、苦しむ取引先の生産者が続々と出てきた。
早川さんは「福島県は食材の宝庫で、素晴らしい生産者が多い。それなのに、生産者が苦しんでいる」と心を痛めた。早川さんは、地元の食材がおいしくて安全であることを県内外へ発信するために、店のメニューを変更した。
それまで以上に生産者のもとに足を運び、おいしさと安全である理由を自分で確かめて仕入れ、お客に伝えた。店内に生産者の写真やメッセージを張り、産地の現状を伝えた。
それらはいまも安兵衛の店内に残っている。スタッフを巻き込み、土作りからとりくむ農園も始めた。

メニューも一工夫した。甘辛いしょうゆだれで、スルメと千切りにんじんをあえた郷土料理の「イカにんじん」をお通しにして、提供時に声がけして県外客の心をつかむ。揚げ餅と炒めたキャベツを餡(あん)でとじた「キャベツもち」もここならではのメニューだ。
ぜひ注文したいのが郡山市の特産品である鯉の刺し身。臭みなどは全くなく、しっとりとした舌触りと、歯ごたえ、そしてうま味の強い白身は、天然鯛にもひけをとらない逸品だ。甘党なら、オリジナルの味噌であえたなめろうもある。
地元の魅力発信型居酒屋として再始動した取り組みが口コミで広がり「駅に近くて、郷土料理が手ごろな価格で食べられる」と県外客に広まり、震災前よりもお客の数は増えた。
同店の席数は1階と2階を合わせて88席で、好調時は月商1000万円をたたき出したこともある。
幾多の困難を乗り越えた同店だが、いまは苦戦している。「コロナの影響は、いままでで一番深刻だ。しかし、震災を機に、店のコンセプトを変更して乗り切ったように、コロナ対策で得た感染防止策も、きっと今後の糧になるはず」と早川さんは前向きに話す。
基本的な感染防止対策を徹底し、店のオリジナリティーを失わないように営業を続け、客足も戻りつつある。
コロナの影響が薄れ、国内の人流が以前のように復活するまで、飲食店は年単位での忍耐と努力が必要だ。その根幹になるのが経営者の揺るぎない気持ちだと感じた取材だった。
(フードジャーナリスト 鈴木桂水)
フードジャーナリスト・食材プロデューサー。おいしいお店から繁盛店まで、飲食業界を幅広く取材。"おいしい料理のその前"が知りたくて、一次生産者へ興味が尽きず産地巡りの日々。取材で出合った産品の販路アドバイスも行う。
[日経MJ 2021年4月2日付]
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