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島正博(19)労働争議

自宅に罵声 家族巻き添え 会社敗訴で和解 悔しさ残る

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1968年9月に新本社工場が完成した。私は世界一の繊維機械メーカーを目指すと公言。設計・設備にこだわり、様々な工夫を凝らした。

まず、工場のコンクリート床が完璧な水平を保つよう特殊合金粉末入りのセメント材フェロコンを採用。硬度が増したほか、ピカピカに磨き上げて鏡のようにした。こうすれば社員たちは汚さないよう掃除に励むと考えたからだ。ほうきで掃きやすいよう壁と床の境目を直角にせず、曲線で丸みを持たせ...

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島正博

繊維機械メーカー、島精機製作所会長の島正博さんの異名は「紀州の発明王」です。スクーターを三輪スポーツカーに改造するなど、高校時代にはすでに街の有名人でした。起業当初は悪戦苦闘しましたが、全自動無縫製手袋編み機の開発によってアパレル市場で名をはせ、いまや世界の名だたるブランドが同社製編み機を採用しています。常識に挑み続けた島さんの、波瀾(はらん)万丈の物語です。

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