音声SNS登場の必然性
SmartTimes WAmazing代表取締役社長CEO 加藤史子氏
「重要な情報は雑談と噂話の中にある」。前回のコラムにこう書いた直後に、日本ではやり始めた新しいSNSがある。「音声版ツイッター」と呼ばれる米国発のアプリ「Clubhouse(クラブハウス)」だ。テキストでのやりとりや保存は一切できず、雑談をしたり議論に参加したりと声だけの交流を楽しむ。コロナ禍でコミュニケーションに飢えている人々にとっては最適なタイミングでの登場ともいえる。

完全招待制で招待枠が最初は2枠だけのため、入りたいのに入れない大量の人々の需要が爆発した。フリマアプリに招待枠が高額で出品される事態にもなっている。現在、招待ニーズはひと段落して招待枠の価値も急落したようだが、当初はFOMO(fear of missing out、自分だけが取り残される不安・恐怖のこと)を活用した上手なマーケティングとも噂されていた。
しかし、実は「もともとスマホの電話帳にお互いの電話番号が登録されている場合」なら何人でも招待できる仕様になっている。米国ではコミュニケーションにショートメッセージが多用されていて、そのためにはお互いの携帯電話番号が必要だ。また、車社会なので「声」の電話文化が根付いている。日本は電車・バスなどの公共交通機関が都市部での移動のメイン手段なので、車中では黙々とやり取りできる「テキストを打つ」文化だ。米国では親しい人は、たいていスマホの電話帳に登録されているが、日本だと親しい間柄でもお互い電話番号を知らないことも多い。
日本では今や電話やショートメッセージよりも、LINEやツイッター、インスタグラムで連絡を取るほうが多いだろう。Clubhouseが2名しか招待できないという仕様は、FOMOを煽ってブームを作り出すマーケティングではなく「電話番号を教えあっているぐらいの親しい仲の人を招待して、濃いコミュニティをつくりたい」という解釈の方が私にはしっくりくる。急拡大するClubhouseだが、定着するのか消えていくのか。ちまたでは早くも「Clubhouse疲れ」といった言葉も飛び交っている。
撮影した写真がしばらく見ることができない昔のカメラのようなSNS「Dispo」も米国から日本に上陸しつつある。可処分時間の奪い合いが激しくなる中、コロナ禍が収束し日常が戻ってくればリアルなコミュニケーションの機会が増えていきClubhouse時間が減るという見方もできる。だけれど、裏を返せばリアルな世界の方が移動時間や待ち時間が増えるので耳だけで「ながら聴き」できる音声SNSは定着しやすいという見方もできそうだ。コミュニケーションの方式は百家争鳴だが、私たちが雑談と噂話に魅了される存在なのは不変のようだ。
[日経産業新聞2021年3月5日付]