再エネ拡大、自前で電柱・電線 福島県葛尾村の課題
Earth新潮流
10年前、東日本大震災で発生した東京電力福島第1原子力発電所の事故により全村民が避難を強いられた福島県葛尾村。避難指示の解除後、復興事業と連動してスマートコミュニティー計画が進んでいる。その歩みからは、国内で温暖化ガス排出実質ゼロへ向けて、再生可能エネルギー利用を拡大する際の共通課題も見えてくる。
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葛尾村は浪江町や田村市に隣接する山あいの静かな村だ。最寄り駅からバスで約1時間。訪ねてみると、「スマートコミュニティー」の事業主体の葛尾創生電力がある落合地区まで、乗降客は2人だけだった。

葛尾創生電力は2018年、太陽光発電所などを運営する福島発電(福島市)と葛尾村の出資で設立した。村の総面積は約84平方キロメートルと山手線の内側より広く、約8割を森林が占める。葛尾川や道路沿いの数少ない平地には葛尾創生電力の太陽光パネルが並び、総発電容量は1300キロワットある。
電力の地産地消は再生エネルギー普及の有力な手法とされる。葛尾創生電力は特定送配電事業者として、自社の太陽光パネルで発電した電力を直接、村の中心部の落合地区の住民らに届ける。
太陽光発電と蓄電池、スマートメーターなどを組み合わせて、小規模な電力供給網(マイクログリッド)を構築した。総投資額約8億円の3分の2は国の補助、残りは借金で賄った。
地域にはもともと東北電力の送電線がある。だが、マイクログリッドの電力を既存の送電線に流すのは安定性が損なわれる恐れがある。「災害へのレジリエンス(回復力)を維持するためにも自前の送電線(自営線)を引くことにした」(鈴木精一副社長)
落合地区を歩くと、やたらと多くの電柱が目に付くのはこのためだ。自営線の総延長は約5キロメートル。20年11月から約80世帯の配線切り替え工事を始めて12月に完了した。こうした方法は「国内では他にない」という。設備投資が重く、景観の問題もあるため、既存線を有効活用できるような技術開発が望まれる。

村の南側にある小高い丘には蓄電池が並ぶ。総蓄電容量は3000キロワット時で、家庭用蓄電池200台分以上だ。太陽光は夜間に発電しないため、昼間につくった電気を一部蓄えておく。悪天候の日もためた電力を使える。蓄電池の価格は世界的に低下しているが、国産品はなお割高なため、米テスラ製を選んだ。
鈴木副社長は「電気自動車(EV)搭載の電池が中古市場に出てくれば、かなり使い勝手がよくなる」と期待する。車載用電池は10年で約1割容量が低下するが、再生エネルギーの変動を補う目的には十分だという。
村内でもEVの利用を推進している。オンデマンド型のEVタクシーを導入し、充電器3基を備えた。イベントスペースなどがある復興交流館の駐車場では最大出力50キロワットで急速充電できる。だが、契約アンペア数が上がって基本電力料金も高くなるため、25キロワットで運用している。EV時代に適した電気料金体系も今後の検討課題といえる。
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収益源を広げるため、同社は今後、「葛尾」ブランドの電力を村外にも供給する構想だ。もっとも、現状では特に日照時間の短い冬場は自前の太陽光発電だけでは村内の需要も賄いきれず、市場での調達が必要になっている。1月の電力卸売市場の価格高騰は、体力のない同社の経営に打撃となった。

鈴木副社長は再生エネルギーとして太陽光だけでなく、風力や木質バイオマス利用の可能性も探っている。ただ、風力に関しては村周辺は森林が多いため、通常の環境影響評価(アセスメント)に加え、森林法に基づく保安林の解除手続きなども必要になる。短期間での建設は難しい。
バイオマスは樹木に付着した放射性物質が問題となるが、原発事故から時間がたち汚染は減ってきた。落ち葉はなお注意が必要だが、使える木は増えているという。県内の他地域にも共通する問題であり、安全性をわかりやすく示して、電力ユーザーの理解を得られるよう国も積極的に支援すべきだ。
政府は50年の温暖化ガス排出実質ゼロを目標に掲げ、再生エネルギーを主力電源とする方針だ。華々しい技術開発プロジェクトだけでなく、葛尾村のような地道な試みから得られる教訓や気づきを生かすのも大切だ。
(編集委員 安藤淳)
[日経産業新聞2021年2月26日付]