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合意形成偏重に落とし穴 政治とコミュニケーション

野口雅弘 成蹊大学教授

ポイント
○政治は合意形成と選択肢提示双方が必要
○議論なき「安定」優先は政治を貧困化する
○対決重視は分断を加速させる懸念がある

「菅(義偉)総理には菅官房長官がいないという問題がある」。あるインタビューで、安倍晋三前首相はこう述べた。7年8カ月もの長期にわたり第2次安倍政権が継続しえたのは、菅官房長官の「安定」感があったからこそだといわれることも多い。

それ以前の民主党政権は、鳩山由紀夫内閣による沖縄・普天間基地の移転問題に伴う二転三転を筆頭に、「ゴタゴタ」した時期だったという記憶が残った。こうした民主党政権を否定する形で再登場した自民党政権は、ゴタゴタを徹底的に回避することによって自らを正当化してきた。

官房長官時代の菅氏の安定感は、方針を示して「ブレない」こと、そしてゴタゴタにつながるような話をしないことによって生み出された。記者会見でも「その指摘は当たらない」「答弁は差し控える」「全く問題ない」という表現で話を終え、理由を述べないことがよくあった。

政治部記者や政治学者の幾人かはこうした話法を「鉄壁」と称した。しかし長所は短所である。ゴタゴタは結果は別にして、それなりに真剣な議論が存在したことを意味する。それに対し、ブレないという手法は、人の話を聞かない、あるいは対話を通じて考えを修正し、合意を形成し、政策をバージョンアップすることが難しいやり方であるともいえよう。

菅首相は自分と見解が異なる官僚は左遷すると明言し、実際にそうしてきた人であるという。ゴタゴタという炎症状態を完全に抑えてしまおうとすると、それなりに強い副作用が出かねない。今の政治における言葉の届かなさは、そのあたりに原因があるのかもしれない。

◇   ◇

価値観や感性が異なる複数の人間が集まって、集団としての決定をしようとするとき、私たちは一つの結論に到達できるように、丁寧にかつ妥協的に話を進めようとする。合意形成型のトーク(語り)が求められるのは、こうしたときである。

中学校のクラスや大学のサークルから、職場のプロジェクトチームまで、こうした志向のコミュニケーションは私たちの日常生活の多くの場面で使われている。それぞれの見解の隔たりを埋め、互いに歩み寄る努力が、このトークでは建設的な貢献として評価される。いわゆる「コミュ力(コミュニケーション能力)」という言葉もしばしばこうした意味で用いられる。

ただし、政治的コミュニケーションはこれに尽きるわけではない。大きな方向性をめぐる、対抗的な選択肢提示型のトークも必要なのだ。原発推進か脱原発か。夫婦別姓に賛成か反対か。あるいは議会や企業の取締役会の一定割合を女性にする「クオータ制」を導入すべきかどうか。どちらかを選ぶことで、私たちの社会のありようは大きく変わる。しかし、「あれかこれか」の問題なので、かなり激しくぶつかり合うこともあるかもしれない。

きちんと論争すべきこうした大きな課題について、与党と野党がお互いの立場を明らかにし、理由を述べて討論し、次の選挙のときの選択肢を示すことは、民主政治に不可欠なトークである。

ドイツの社会学者ニクラス・ルーマンは「政権党と野党というコード」について、つぎのように述べている。「民主化は、システムの頂点をその他の可能性を組み込むための出発点として、システム全体が偶然的なものとなるための出発点として把握する」(「社会の政治」第3章7、法政大学出版局)

現政権が推進しようとする政策とは異なる選択肢に乗り換えることを可能性として保持しながら、暫定的に今の政権を支持するというのが、現代の民主政治の論理だというのである。この場合、今の「現実」を既成事実化することなく、その現実にあらがいながら、それとは異なる「構想」を語るオポジション(反対派ないし野党)の存在が不可欠となる。

パスカルは「圧政とは、他の道によらなければ得られないものを、ある一つの道によって得ようと欲することである」(「パンセ」断章332、中公文庫)と述べている。民主政治においても「ある一つの道」だけがあるのではない。私たちに求められているのは、必要に応じて複数のトークを複合的に用いる技量である。

政治的コミュニケーションに関する現代の不満の原因を、ゴタゴタと安定という対になる様態と、合意形成型と選択肢提示型という2つのトークを使って表現するならば、つぎのようになる。

制御しきれない論争の噴出はゴタゴタ感を生む。しかし、論争を封印することによる安定性の確保は、疑問や批判を受けてコミュニケーションを深める可能性を損なってしまうことになるだろう。民主党政権末期には前者が問題にされたのに対して、コロナ禍の今は、むしろ後者が不満を生んでいるようにみえる。

政治において合意形成型のトークが重要なのは言うまでもないが、このトークだけが支配的になると、どうしても構成員に同調圧力がかかりやすくなる。

私たちは、東京オリンピック・パラリンピック招致の是非をめぐる住民投票(レファレンダム)をしていない。これまでも五輪招致をめぐっては、開催候補都市となったドイツのハンブルク、オーストリアのインスブルック、カナダのカルガリーなど各地で住民投票が行われている(いずれも否決)。

選択肢提示型のトークを排除したことは、コロナ禍での東京五輪開催をめぐる議論をさらに難しくしている。安定志向で実務重視、したがって合意形成型の統治スタイルにおいては、反対を表出しにくいことからくるモヤモヤが蓄積しやすい。

一方、選択肢提示型のトークが全面的になると、別の問題が生じる。不毛な争いを煽(あお)って、政府ないし執行部の足を引っ張っているだけではないかという疑念が生まれる。合意形成を重視すると、野党の振る舞いはどうしても不愉快にみえてくる。そしてそればかりでなく、敵対する党派が相互にコミュニケーションできないほどにまで対立するようになれば、トランプ時代の米国がまさにそうであったように、この緊張は分断へと至る。

◇   ◇

合意形成型トークか選択肢提示型トークか。この選択と切り替えはつねに難しい。会社などで責任のある役職を担っている人は、前者のトークに傾斜しやすい。既定路線を覆すような選択肢を出してくる部下には、空気が読めない「コミュ障」なやつ、と言ってやりたくなることもあるだろう。しかし合意形成型のトークを続けているうちに、やめるべき戦争をズルズルと継続するような愚は避けなければならない。

「あれかこれか」という選択の前に立たなければならないことはそう度々あることではないが、その機会はいつかの時点で必ずやってくる。

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