女性が子会社の社長に ダイバーシティー経営に弾み

大手企業の子会社社長を女性が務める例が増えている。意思決定に責任を持ち、多様なトップ像をグループに広げる。女性の社会進出が本格化してから30年以上がたち、リーダーとなる準備ができている女性は確実に増えた。ダイバーシティー経営のカギとなる存在になりつつある。
「以前は自分の前に道をつくってくれる人がいたが、今は自分でつくらないといけない」。キリンホールディングス傘下のスプリングバレーブルワリー(SVB)社長の島村宏子さんはこう話す。1992年、キリンビールに入社し、営業や飲食店事業に携わってきた。2018年にクラフトビールを製造・販売するSVB社長に就任してからはそれまでとは違う心持ちで仕事する。
社長になる準備はできていた。30代前半で飲食店事業を担当していたころ、従業員の大量離職を経験した。客が減る季節にシフトに入れないことを敬遠された。そのとき従業員から「我々の生活を考えているのか」と突きつけられ、「人を雇うということはその人の生活を左右することだと痛感した」と振り返る。
酒類業界で女性の採用は少なく、職場では「女性としては独りぼっちが多かった」。今は商品開発の場でも性別や年齢など多様性を意識するが、女性のロールモデルはまだ少ない。「『こんな人もいる』と意識し、トップを目指す女性がグループで出てくれたら」と島村さん。リーダーにも多様性が広がり、トップ一人ひとりが強みを生かせれば「グループ経営を強化できる」と感じている。
日本IBMデジタルサービス(IJDS)社長の井上裕美さんは昨年7月、新設された会社を39歳でかじ取りすることになった。省庁を担当するシステムエンジニアとして社会インフラの変革を手がけてきた実績を評価され、起用された。
子ども2人を育てながら管理職の仕事をこなしてきた。「つわりや子どもの発熱など、自分の力だけではどうにもならない状況にも直面した」。管理職時代は組織を動かすことを考えていたが、社長になってからは「全社員とその家族について考える。顧客に対してもやりとりする組織単位ではなく、会社全体を見るようになった」という。
働く母親として悩んだ経験から心がけていることがある。失敗談などを積極的に話し、強い女性社長のイメージを壊すことだ。社会に貢献できる施策を打ち出すには、組織にさまざまな立場の人が必要だと実感する。「常に全速力でなくてもいい」「管理職は誰が目指してもいい」。等身大のリーダー像をグループの次世代に広げていくことも自分の仕事だと考えている。
1986年に男女雇用機会均等法が施行され、今年は35年となる。女性の就業率は7割を超え、社会に活躍の場を広げた。とはいえ半数以上は非正規雇用であり、管理職に占める女性比率は12%にすぎない。役員、社長の登用はさらに限られており、経営の意思決定のテーブルに座る女性はごく少数だ。

一方で地殻変動の気配もある。ニッセイ基礎研究所主任研究員の久我尚子さんは「96年以降に大学に進学した世代の女性が今後、経営層に増え始める可能性がある」と指摘する。
96年は女性の大学進学率が短大の進学率を上回った転換点だ。働き続けることが当然、という意識の女性が増えた。就職氷河期と重なるが、就職して出産や子育てを育児休業や時短勤務などで乗り切ることができた層が実力を発揮できるかがカギを握る。
早くから女性を社長に登用してきた会社もある。サイバーエージェント専務執行役員の石田裕子さんも傘下の2つの子会社で社長を務めた。今は採用戦略本部の本部長だ。04年の入社当時は経営に特に関心があったわけではなく、ずっと仕事を続けるとも思っていなかった。
サイバーエージェントでは、石田さんのように若手で子会社の社長に就任する例が少なくない。子会社をたくさんつくり、若手に経営経験を積ませることに価値を見いだしている。新卒で入社して社長に就任した人は60人弱おり、そのうち1割は女性だ。入社してすぐ就任することは珍しくなく、内定者が就任するケースもあった。
石田さんは社長時代に「自分が意思決定者であることのプレッシャーを感じていた」と振り返る。「コツコツ売り上げを伸ばすのは得意だが、求められていたのは大きく当てることで、自分が思い描いていたことと乖離(かいり)があった」
藤田晋社長には「ロールモデルになってほしい」といわれた。石田さんが今思うのは「ロールモデルがひとつの会社は弱い」ということだ。男女に関係なく、いくつものモデルがいる組織で多様性を経営や業務に生かすことが重要、と考える。
多様な意見を反映させるダイバーシティー経営が求められている。今後経営を目指す女性の増加が見込まれるなか、子会社のトップという役職は女性活躍の戦略上も重要といえそうだ。
金融市場では企業に対し、投資家から女性登用を求める声が高まっている。起用例は増えているが、会計、監査や社外取締役などが多く、その企業で実務経験を積み上げた人が積極登用されている例はあまり見ない。市場での圧力に対応するため「女性ありき」で登用している企業も多いのではないだろうか。
子会社の女性社長は、企業が経営的に必要とする女性幹部を増やしていくうえでカギとなりそうだ。取材した女性たちは意思決定の責任者となることで、管理職時代とは異なる重圧を経験していた。こうして女性幹部が育てば取締役会での議論が活発になり、日本企業が真に目指すべきダイバーシティー経営にも近づく。
(鈴木孝太朗)
[日本経済新聞朝刊2021年2月1日付]
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