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放射能汚染の修復 道半ば 科学踏まえ福島復興策を

Earth新潮流

NIKKEI BUSINESS DAILY 日経産業新聞日経産業新聞 Earth新潮流

東京電力福島第1原子力発電所の事故からまもなく10年。放射性物質で汚染された福島県東部では、住宅地や農地を中心に予想よりも速く環境の修復が進んでいる。一方で森林にはなおも大量の放射性物質が残留し、居住地などに流出しないか住民らの不安は強い。モニタリングを継続し、科学的知見を今後の復興策に生かす必要がある。

福島県富岡町の「夜の森地区」にある桜並木。バリケードの奥が帰還困難区域(2020年12月)

「福島第1原発周辺の陸域の環境回復は、旧ソ連・チェルノブイリ原発事故の影響を受けた地域より速く進んでいる」

筑波大学や福島大学、原子力研究開発機構などのチームは2020年10月に発表した論文でこう結論づけた。チーム独自の調査に加え、他の研究機関などが公表した計210以上の論文を網羅的に調べる手法を使い、1986年のチェルノブイリ事故後の放射性物質の推移などと比較した。

モニタリングの調査結果をみると、放射線量の低下は明らかだ。

原子力機構は事故直後から地上での定点観測に加え、測定器を積んだ車両を道路沿いに走らせるサーベイ調査、ヘリコプターで上空から測定する航空機モニタリングで放射線を調べてきた。

事故直後、原発80キロ圏内では面積ベースで約4割の地域において、空間線量率が毎時1マイクロ(マイクロは100万分の1)シーベルトを超えていた。とくに風の影響で放射性物質が運ばれた北西方向は多くの地点で、避難の基準である毎時3.8マイクロシーベルト(被ばく線量で年20ミリシーベルトに相当)を大幅に超えた。

2019年9月、航空機から測定した放射線量。全域で低下したが、福島第1原発から北西方向(白い部分)はなお高い(原子力規制委員会の資料から)

それが19年時点では、面積比で3割程度の地域が同0.1マイクロシーベルト以下まで低下した。国が除染の目安として定めた毎時0.23マイクロシーベルトを下回る地域も着実に増えている。

福島県のモニタリング調査でも似た結果が出ている。11年4月には0.2マイクロシーベルト未満だったのは調査した約1800地点の2割弱にとどまったが、19年になると2900地点のうち9割超まで増えた。

森林になお残留

放射線量の低下は、主要な放射性物質セシウム137のうち地面に露出した分が減ったことが大きい。セシウム137は土の粒子と強くくっつく性質があり、事故直後には降下した99%が深さ10センチ未満の浅い土壌に吸着。これが地上の高い放射線量につながっていた。

しかし、年数の経過とともに、表層のセシウムは徐々に深い場所に移った。雨によって土壌が浸食され、流れ出た分も含め、表層のセシウム濃度は大きく減少した。避難指示が順次解除されて、農地の耕作が再開されたり、土地利用が進んだりしたこともプラスに働いたとみられる。

除染の効果も現れている。原子力機構のチームは除染を終えた地域で線量が段階的にどう減るか調べ、除染5~20年後の放射線量を予測。「除染をしなかった場合と比べると放射線量の低下が20~30年速まった」と分析している。

主要河川の水質中のセシウム濃度も大幅に減っている。筑波大や福島県の調査によれば、阿武隈川の水質中のセシウムは事故直後の2%程度まで減り、農業や生活用水に使うには問題ないレベルという。

一方で、森林には放射性物質がなおも大量に残留している。

原発事故により周辺80キロ圏内と阿武隈川流域には、2700兆ベクレル(ベクレルは放射能の単位)に及ぶ放射性物質が降下したと推定される。このうち河川を通じて太平洋へ流出したセシウム137は当初の降下量の5%程度だ。森林は原則的に除染の対象外で、放射性崩壊により自然に減った分を勘案しても、8割以上はまだ森林にとどまっている。

事故直後、スギなどの枝や葉に降った放射性物質の多くは雨で流されたが、なお地面(林床)に蓄積し、放射線レベルは高い。福島県内の野生のキノコは会津地方の一部を除き依然、出荷制限がかかり、県東部では山菜やタケノコなども制限対象だ。

住民不安にどう対応

ようやく避難指示が解けて故郷に戻った住民からは「森林に残る放射性物質が台風や大雨によって生活圏に流出することはないのか」「農作物や飲み水に含まれる放射性物質が将来、再び基準を超える心配はないのか」といった不安の声が上がっている。

こうした不安や疑問に、行政や研究者は丁寧に応える必要がある。とりわけ大熊町や双葉町などでは帰還困難区域に設けられた「復興拠点」の除染が1~2年内に終わり、住民の帰還や拠点外の除染をどうするか判断する時期が迫っている。

それには科学的データを踏まえ、除染の効果や帰還した住民が安心して暮らせるかを見極めることが欠かせない。

除染の目安とされてきた毎時0.23マイクロシーベルトは国際的な安全基準である「追加被ばく線量が年1ミリシーベルト未満」をもとに「1日平均8時間を屋外で過ごす」などの条件を加味して機械的に割り出した数字だ。

だが、住民が農作業など屋外の仕事をしたり、未除染の森林の近くに居る時間が長かったりすると線量は上がる。原子力規制委は住民に線量計をつけてもらい、実測値をもとに日常生活での安全性や除染の効果などを判断するよう求めているが、個人情報という事情もありデータの開示は進んでいない。

政府が当初の復興期間と定めた10年が過ぎた後、放射線の調査や研究をこれまでのように継続できるかも岐路にある。

研究者からは「福島第1原発の廃炉関連費用は国の予算が手当されているが、モニタリング調査や関連研究が継続できるのかは不透明」との声を聞く。放射性物質の挙動は科学的に未解明の点も多いだけに、調査と研究を続け、住民らの不安に応えていくことが欠かせない。

(編集委員 久保田啓介)

[日経産業新聞2021年1月29日付]

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