辻惟雄(17)樺美智子さん
安保闘争での死、衝撃 港湾で労働、「知らない世界」へ
[有料会員限定]
1959年に博士課程に進み、美術史学科の助手になった。そのころの衝撃の出来事は東大の女子学生、樺(かんば)美智子さんの死である。「安保反対」の世論が盛り上がる中、60年6月15日に国会に突入したデモ隊の中にいた樺さんが亡くなった。
安保闘争にシンパシーを感じていた私には胸にずしんと来る出来事だった。樺さんは4年生で22歳だった。日本共産党に入党した後、市民を巻き込んだ反安保の高まりを受けて、より過...
この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。
残り1063文字

美術史家の辻惟雄さんは江戸絵画史の研究に新風を吹き込み、伊藤若冲らを「奇想の画家」という視点から紹介し、一大ブームを作りました。岐阜の産婦人科医の次男として医師になるべく東大に入ったものの、医学部での学業を断念し文学部に進みました。挫折の連続だったという辻さんが美術史でいかに独自の世界を築いたか、知られざるエピソードを交えながら明かします。