起業家の多様性拡大を
SmartTimes 東京農工大学教授 伊藤伸氏
2020年の新興市場(東証マザーズ、ジャスダック)への新規株式公開(IPO)は81社とリーマン・ショック以降、最多になった。新型コロナウイルスという未曽有の環境変化が起きた1年だったが、年後半は世界的な株式相場の持ち直しを受けて活況に沸いた。12月には実に21社が駆け込んだ。独自のデザインや機能により高価格帯の家電製品に地歩を築いたバルミューダ、音楽著作権管理専門で国内初の上場企業となったネクストーンを始め、多彩な顔ぶれが揃った。

一般にスタートアップは新市場を切り開くことを期待される。低価格で競争を勝ち抜くコストリーダーシップ戦略よりも際立った製品やサービスを投入する差別化戦略の方が株式公開をしやすい、という学術的な見方もある。独自色のある事業を好感し、公開初値から大きく値上がりしている銘柄も少なくない。
公開した企業の業種では、クラウド向けシステムやスマートフォン用アプリ、ウエブ活用支援をはじめデジタル関連が特に目立つ。保育や介護関連も少なくない。バイオ分野では大学発ベンチャーも散見された。もともと新興市場ではIT関連とサービスが多かったが、2020年はその傾向が色濃く表れた。企業設立から上場までの期間も短くなっている傾向がある。
それでも新規公開社数は、ネットバブルを背景に社会的な期待が高まった2000年の水準には届いていない。前年にマザーズが創設されたこともあり、ナスダック・ジャパン(当時)を含む新興三市場の上場数は157社に達していた。
2020年の流れを強めるには、公開予備軍の裾野を一段と広げることが必要だろう。経営者の多様性を見ると、依然として男性が圧倒的に多い。新規公開81社のうち社長が女性なのは3社のみ。役員に女性が含まれていても取締役ではなく、監査役にとどまっていることも多い。
株式公開はスタートアップにとって波頭のようなマイルストーンだが、起業では状況が変わっている。日本政策金融公庫の融資先に対する調査では、開業者に占める女性は21.4%と1991年の調査開始以来、最も高い割合になった。2000年と比較して7ポイント上昇した。一方で開業費用はIT化やサービス化の進展を受けて減少傾向が続いている。起業のハードルは下がっている可能性がある。
先日、ある研究会で、マイクロファイナンスの歴史のあるバングラデシュで少額の投資を受けて「ミクロ起業家」として生き生きと活躍する女性の様子を聞いた。日本政策金融公庫の調査でも開業動機として「自由に仕事がしたかった」や「自分の技術やアイデアを事業化したかった」が上位を占める。起業が多様な人材層に広がれば、日本の製品やサービスの価値もバラエティー豊かになる。
[日経産業新聞2021年1月6日付]