福川伸次(24)プラザ合意
輸入増など構造改革練る 新時代のキーワード「美感遊創」
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1984年6月、私は産業政策局長に移った。日米経済にとって85年は大きな転換点だった。米国はこの年に純債務国に、日本は世界最大の債権国になった。
1月の中曽根康弘首相の訪米時に、レーガン大統領は市場重視型個別協議(MOSS)を要請し、電気通信、電子製品、医薬品、医療機器など分野ごとの協議が始まった。
9月22日に先進5カ国でドル高是正に向けた「プラザ合意」が実現した。1ドル=約240円がおよそ半...

元通産次官の福川伸次さんは戦後の通商産業政策に長く携わりました。高度成長やオイルショック、日米貿易摩擦といった歴史の一場面に日本の政治や官僚機構が何を考え、どう対処したのか詳しく語ります。また自民党の激烈な「40日抗争」、初めての衆参同日選、大平正芳首相の急逝など、大平首相の秘書官として目撃した激動の時代の裏側を明かします。