水素を電力の調整力に 貯蔵で再エネ安定 福島・浪江で実証
Earth新潮流
政府が2050年に温暖化ガス排出量の実質ゼロを宣言した。実現には再生可能エネルギーの活用が欠かせないが、時間や天候で出力が変動する弱点がある。その打開策として再生エネを水素と組み合わせて調整力として活用する。そんな実証プロジェクトが福島県浪江町で進んでいる。

浪江町は東京電力福島第1原子力発電所の北側に位置する。海岸部の東京ドーム5つ分の広大な敷地に、太陽光パネルが水素製造プラントを取り囲むように広がる。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が中心となって取り組む「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)」である。
「今夏から機器を接続してシステム全体を稼働させている」。NEDOの大平英二統括研究員は説明した。プロジェクトにはNEDOを中心に、東芝や東北電力、岩谷産業が参加する。狙いは「パワーツーガス(電力からガスへ)の技術確立」(大平氏)だ。
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実証施設は大きく3つの要素で構成する。出力2万キロワットのメガソーラー発電設備、その電力を使って水素を製造するプラント、つくった水素の貯蔵・供給施設だ。

再生エネを使ってつくる水素は、燃焼しても二酸化炭素(CO2)を出さない。再生エネによる水素製造を組み合わせることで、出力変動の多い再生エネを最大限活用するとともに、電力や水素の需給調整にいかす。
東北電力が電力の需給バランスを制御するシステムを、岩谷産業が水素の需要予測システムを担当し、東芝は全体を制御するシステムを担当する。再生エネ電力の供給が需要を上回る場合は水素の製造量を増やし、電力供給が需要に追いつかない場合は水素の製造量を減らすことで電力需給を安定させる仕組みだ。
同時に再生エネ電力を水素に変換することで貯蔵を可能にする。再生エネを無駄なく使うとともに、電力の調整力として活用する。これが重要なのは、再生エネの主力電源化に不可欠な技術の1つだからだ。
太陽光や風力などの再生エネは適地が限られ、電力の大消費地まで運ぶ送電網の確保が課題になっている。九州では太陽光発電の急増により、域内で発電した電力を送電網で吸収しきれず、九州電力が発電事業者に出力制御を求めることが常態になっている。
出力制御は太陽光発電の拡大に伴い、九州以外にも広がる可能性が高い。再生エネを最大限活用するためには、送電線の増強と同時に、送電網で受け入れきれない再生エネ電力をためて使う工夫が必要だ。水素は蓄電池とならぶ貯蔵の有力手段になる。
NEDOの大平統括研究員が今回の実証で重視しているのが、水を電気分解して水素を製造する装置だ。「本格利用には電解装置の需要変動に対する応答性や耐久性を高めていくことが欠かせない」と指摘する。

FH2Rで使う電解装置は旭化成が担当する。水素の製造能力は最大で毎時2000ノルマル立方メートル、製造のために消費する電力は1万キロワットと、水電解装置としては世界最大級の能力を持っている。
旭化成は電解装置を大型化するため、アルカリ性の電解液を用いて水素を製造する「アルカリ水電解システム」を開発している。同社は創業期から水の電気分解によるアンモニア製造を手掛け、食塩水を電気分解してカセイソーダや塩素などを製造するプラントで世界有数の実績を持つ。こうした技術を生かして、10年から水素製造の電解装置の開発に着手した。
電解装置が重要なのは、この技術が脱炭素時代の産業競争力を左右する1つだからだ。
欧州連合(EU)は20年7月に発表した水素戦略の中で、30年までに1000万トンの水素を利用し、50年までに再生エネ電力の4分の1を水素製造に利用すると明記した。
EUは過渡期には、天然ガスや石炭からつくる「ブルー水素」も活用するが、将来は再生エネからつくる「グリーン水素」を重視する。そしてグリーン水素拡大の手段として水電解装置の大型化と、装置供給の産業育成を掲げる。FH2Rでの実証は、日本がエネルギー転換を担う技術で劣後しないために重要な意味を持つ。
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つくった水素の利用も始まっている。FH2Rでは毎時1200ノルマル立方メートルの水素を生産した場合、一般家庭約150世帯の消費電力、または燃料電池自動車なら約560台分の燃料を供給できる。
敷地内には8基の水素の貯蔵タンク、圧縮した水素を運ぶためのトレーラー、水素ボンベを納めたカードルの出荷場がある。ここから出荷された水素はあづま総合運動公園(福島市)や道の駅なみえ(浪江町)、Jヴィレッジ(楢葉町)にある定置式の燃料電池で使われている。
浪江の取り組みを国内外へどう広げていくか。速度をあげる脱炭素のうねりは、水素活用の速度を上げることも国や産業界に迫っている。
(編集委員 松尾博文)
[日経産業新聞2020年12月24日付]
