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福川伸次(22)消えた石炭産業

夕張炭鉱で事故 93人犠牲 液化事業不発、国内の全山閉山

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1980年7月に鈴木善幸内閣が発足した。私は通産省に戻って資源エネルギー庁石炭部長を命じられた。当時は世界のエネルギーの中心が石油となる「流体革命」が進み、石炭鉱業は縮小の過程にあった。

高度成長期の57年、日本は年間7200万トンの出炭計画を作った時期がある。しかし62年には5500万トンを生産目標とする第1次石炭合理化計画が作成された。その後、さらに生産を縮小し、69年の第4次計画は出炭目標を...

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福川伸次

元通産次官の福川伸次さんは戦後の通商産業政策に長く携わりました。高度成長やオイルショック、日米貿易摩擦といった歴史の一場面に日本の政治や官僚機構が何を考え、どう対処したのか詳しく語ります。また自民党の激烈な「40日抗争」、初めての衆参同日選、大平正芳首相の急逝など、大平首相の秘書官として目撃した激動の時代の裏側を明かします。

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