/

この記事は会員限定です

福川伸次(5)戻った日常

スター選手の指導で野球 慶大に入学、数学苦手で東大へ

[有料会員限定]

終戦を迎えたのは中学2年生。入学時は50人学級が6組あり、疎開で3組まで減っていた。そのうち級友がだんだんと東京に戻ってきた。しかし教科書はない。文房具もない。食糧事情が厳しくて腹は減る。授業は再開されたが、みじめな学校生活だった。

戦後しばらくは街頭にまだ焼夷(しょうい)弾の残骸が散らばっていた。「音楽家になる」と言っていた友達が信管を触っていて破裂し、指2本を飛ばされた。彼はピアニストをあきら...

この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。

残り1169文字

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

福川伸次

元通産次官の福川伸次さんは戦後の通商産業政策に長く携わりました。高度成長やオイルショック、日米貿易摩擦といった歴史の一場面に日本の政治や官僚機構が何を考え、どう対処したのか詳しく語ります。また自民党の激烈な「40日抗争」、初めての衆参同日選、大平正芳首相の急逝など、大平首相の秘書官として目撃した激動の時代の裏側を明かします。

関連トピック

トピックをフォローすると、新着情報のチェックやまとめ読みがしやすくなります。

セレクション

トレンドウオッチ

新着

注目

ビジネス

暮らし

新着

注目

ビジネス

暮らし

新着

注目

ビジネス

暮らし

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン