難しい米温暖化政策の修正 過去4年で規制や人材骨抜きに
Earth新潮流
米大統領選で民主党のバイデン前副大統領が勝利を確実にした。これにより、しばらく後退していた米国の気候変動対策が一気に前進するとの期待が急速に高まっている。だが、事はそう簡単ではない。トランプ大統領は過去4年間に多くのルールを見直し、監視や規制にあたる組織を骨抜きにした。これを元に戻すのは、大変な作業になりそうだ。

米国は11月4日、温暖化対策の国際枠組みであるパリ協定から正式に離脱した。バイデン氏は「大統領として執務を開始する初日に、パリ協定に戻る」と宣言し、国連関係者や世界の環境系非政府組織(NGO)などの喝采を浴びた。
パリ協定への復帰は、気候変動枠組み条約事務局に文書で通知すれば1カ月で可能だ。反対する国・地域はないとみられ、2021年2月には戻れる。ただ、国際交渉の場ですぐに重要な役目を担えるかは不透明だ。
米政府はトランプ大統領が離脱を決めた後も、条約締約国会議(COP)に代表団を送り続けていた。協定の詳細ルールづくりを巡る議論の過程などはよく把握している。
とはいえオバマ政権下のようなまとめ役は徐々に果たしづらくなり、他の参加国・地域も大きな役割を米国に期待しないようになった。主要環境系シンクタンクである米世界資源研究所のマウントフォード副所長は「米政府が信頼を取り戻すのには時間がかかるだろう」と予想する。
一方、国内政策をみると、トランプ氏は大統領令を乱発して環境関連の多数の規制を改訂した。事実上緩和されたルールは100件以上に及ぶ。大気汚染や水質汚濁に関するものから火力発電所の温暖化ガス排出規制まで、対象は広い。
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なかでも温暖化ガス排出削減を大きく阻害しそうなのが、自動車の燃費向上ルールの見直しだ。オバマ政権下で年5%程度の改善を義務付けていたものを、トランプ政権は同1.5%程度に緩めた。規制順守のためのメーカーの負担が約1000億ドル減り、経済的利点が大きいとした。

米政府内では気候変動や環境問題に詳しい人材が、配置転換などによって次々と政権中枢から追い出された。温暖化の加速を支持するデータの収集や解析結果を認めようとしない政権の姿勢に嫌気して、職を辞した有能な若手も多いという。
20年11月には、連邦政府予算で進める米国環境変動プロジェクト(USGRP)の責任者を交代させ、波紋を広げた。エネルギー省出身で学会の信頼も厚いクーパーバーグ氏を、温暖化懐疑派で石油業界から研究費を受け取ってきたとされるレゲイツ氏に代えた。
レゲイツ氏は9月に米海洋大気局(NOAA)を管轄する商務省の次官補となったばかりだ。クーパーバーグ氏が果たしてきた、気候変動の影響評価報告書のまとめ役もレゲイツ氏が引き継ぐ。温暖化の実態や気象災害との関係について公正な分析がなされず、研究費も削減されるのではないかとの懸念が出ている。
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こうした乱暴な政策や人事はトランプ大統領の「暴走」だけが原因ではない。トランプ氏は今回の大統領選でも約7100万票を獲得したとされる。支持者は非常に多く、そのかなりの部分が温暖化対策にも消極的とみられる。
石油、石炭業界だけではない。中西部の農業地帯でも、温暖化対策の結果として大型コンバインの燃料費が上がるなど負担増を警戒する声がある。米上院で共和党が過半数を維持するねじれ状態が続けば、環境規制を再強化する案が通らない恐れもある。

トランプ氏の支持者らが、環境規制の再強化を阻止しようと訴訟を乱発する事態もあり得る。米連邦最高裁ではトランプ氏が指名したバレット氏が10月に判事に就任したのを受け、保守派が支配的となった。バイデン氏に不利な判断に傾くことが考えられる。
21年11月には、英国でCOP26が開催される。バイデン氏は思い切った温暖化ガス削減目標を示すなどして存在感を高めたいところだろう。一刻も早く政権移行を進めないと、ズタズタになった気候変動対策チームを再建し、行動計画を定めるのが間に合わない可能性がある。気候変動対策の表舞台に米国が順調に復帰するには、日欧など国際社会の後押しが大切だ。
(編集委員 安藤淳)
[日経産業新聞2020年11月27日付]