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柳宗悦が見た美(2) 「陶俑 加彩牛」

日本民藝館学芸員 白土慎太郎

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大正末期から昭和初期、清王朝の崩壊に伴い、墳墓の副葬品である陶製の俑(よう)が中国から渡り、日本で鑑賞の対象となり始めた。従来は茶道具が主流だった陶磁器の評価に「鑑賞陶磁」が新たに加わるなど、古美術受容の様相が大きく変化した時代である。

柳には、1916年(大正5年)に中国を訪ねた27歳頃、陶俑に興味を持って集めた形跡があり、先駆的な受容者の一人だったことが窺(うかが)える。雑誌「白樺(しらかば)...

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