温暖化ガス「実質ゼロ」への道 シナリオ分析柔軟に
Earth新潮流 三井物産戦略研究所シニア研究フェロー 本郷尚氏

2020/10/23付
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国際エネルギー機関(IEA)のファティ・ビロル事務局長=筆者撮影

国際エネルギー機関(IEA)のファティ・ビロル事務局長=筆者撮影

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新型コロナウイルス禍が続く中で、温暖化ガス排出の「ネット(実質)ゼロ」時代が一気に現実味を帯びている。2050年のネットゼロ目標を掲げる欧州連合(EU)は環境投資による経済回復「グリーンリカバリー」を打ち出し、中国は9月の国連総会で二酸化炭素(CO2)排出量を減少させて60年までに「炭素中立(カーボン・ニュートラル)」を目指すと発表した。

米国も民主党のバイデン氏が厳しい温暖化対策を求めるパリ協定への復帰と50年のネットゼロを掲げて大統領選を戦っている。日本でも菅政権が温暖化ガスのネットゼロ目標を2050年に明示すると報道された。

CO2など温暖化ガスの排出量と森林などで吸収される量を差し引く「ネットゼロ」目標は、エネルギー産業にも広がる。英BPは50年までに製品を含めた排出をネットゼロにすると公表。英蘭シェルも製品を含めた排出を60年までに65%削減し、事業の排出を50年までにネットゼロにすると発表した。

エネルギー企業が動けば、製造時などのCO2排出量の多さで素材の優劣が変わる。製造業の生産方法や様々な産業の立地条件にも影響を与える。さらに省エネと相性のいいデジタル技術の普及を通じて、私たちの住環境やライフスタイルも変えていくだろう。

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ネットゼロ社会が企業経営にどんなインパクトをもたらすのか。投資家は企業の長期戦略に関心を高める一方だ。

例えば、日本政府も後押しする金融安定理事会(FSB)の気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、企業に排出量情報だけでなく低炭素化戦略の開示を求めている。企業の中期経営計画の多くは3年単位だが、30年や50年までの道のりを描く気候変動対策はこれまでと違う戦略が必要になる。

2050年といえば30年後。振り返れば30年前はインターネットは芽を出した時期で、スマートフォンどころかパソコンがようやく普及し始めた頃だ。現在の技術や社会を前提とした長期予測には限界がある。ネットゼロ社会に向けて様々な仮説をたて、いくつものパターンで将来を描くシナリオ分析が欠かせない。

専門家や政策担当者で頻繁に使われるのが国際エネルギー機関(IEA)の分析だ。10月13日に世界エネルギー見通しの2020年版が発表された。ファティ・ビロル事務局長はコロナの影響で20年の排出量は7%減るが、中国の排出量をみると昨年水準まで回復しており、いずれリバウンドするからCO2削減を経済復興策に組み込むべきだと提案した。

また再生可能エネルギーは30年に総発電量の30%を占め、太陽光発電が石炭火力に代わる「新しいキング」になると強調した。わかりやすいメッセージだが、気候変動戦略には説明の裏読みなど分析を深く読み解くことも必要だろう。

まず中国のネットゼロ・ショックだ。ビロル事務局長は会見で実現可能性について、21年に始まる次の5カ年計画が重要だと具体的な評価を避けた。ただ、中国がネットゼロ目標を実現すれば、各国が実施する予定のCO2対策を積み上げた削減量は、世界的な気温上昇を産業革命前より2度までに抑えるパリ協定の目標に向けてぐっと近づくと説明した。

激戦が続いている米国大統領選でバイデン候補が勝利すれば、さらに縮小する格好だ。21年に延期された気候変動枠組み条約会合などで、ネットゼロ目標の前倒しなどを議論する可能性も高まってきた。日本はエネルギー基本計画の見直しを急がなければならない。

相次ぐネットゼロ宣言を読み解くと、「避けられない温暖化ガスの排出」という概念がみえてくる。セメントや化学、鉄などの産業、長距離の海運や航空はエネルギー源を化石燃料から代替することは難しい。各国が掲げる温暖化ガス削減の目標に「ネット」が付く理由がここにある。

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ネットゼロ社会に向けた対策では、水素の活用が目立つのも特徴だ。EUが7月に水素戦略を打ち出した影響が大きい。数年前には、なぜ日本はそんなに水素に力を入れるのか疑問視されていたのだから様変わりだ。

再エネの余剰電力で水を分解して作る水素だけでなく、天然ガスから作る水素、CO2と水素から合成した燃料など利用方法は多様だ。再エネで作るグリーン水素と化石燃料から作るブルー水素に分けてグリーン水素を優遇する議論もあるが、IEAは低炭素水素として区別しない姿勢だ。

IEAの分析では、気温上昇2度未満の目標には70年までにネットゼロを達成することが必要としている。これを実現するには、大気中のCO2を減らすネガティブエミッション技術が前提になる。大気中から直接CO2を回収する技術「ダイレクト・エア・キャプチャー(DAC)」、バイオマス発電からCO2を回収する技術(BECCS)なども必要だろう。

一方でカーボン・トラッカーズという非政府組織(NGO)は急速な脱化石燃料が可能だと主張しているし、エネルギー関連の国際認証を手掛けるノルウェーの認証機関「DNV GL」は天然ガスをもっと使うのが現実的な見通しという。

長期のシナリオ分析では、低炭素化の時間軸をずらしたり、化石燃料をどこまで減らすかという設定を変えたりすると、同じモデルでも異なるシナリオになる。つまり各シナリオがどんな前提を置いているのか、よくみるべきなのだ。

シェルやBPは独自に長期シナリオを描くが、多くの企業にはハードルが高いし、その必要もないだろう。技術変革が激しい時代であり、エネルギー資源を巡る国際情勢の先を見通すのは難しい。様々な機関やエネルギー企業、各国政府が描くシナリオを読み解くとともに、大局観を持って長期戦略を考えることが大切だ。

[日経産業新聞2020年10月23日付]

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