化石燃料産業 投資撤退の波 気候変動の戦略目標、日本乏しく
Earth新潮流 日本総合研究所理事 足達英一郎氏
気候変動問題への対応を背景に、金融機関や機関投資家などによるダイベストメント(投資撤退)のターゲットが、石炭関連企業から化石燃料関連企業に拡大してきた。
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9月22日、世界の12自治体の市長が共同宣言を出した。その内容は(1)自市の運用資産に関して化石燃料関連企業からの投資引き揚げとともに、雇用創出につながる気候変動問題解決のための金融促進にあらゆる措置を講じる(2)年金基金に対して同様の取り組みを働きかける(3)持続可能性のための脱化石を前提とする投融資を他の投資家やあらゆるレベルの政府に提唱する――という内容だ。
宣言に参加したのはベルリン、ブリストル、ケープタウン、ダーバン、ロンドン、ロサンゼルス、ミラノ、ニューオーリンズ、ニューヨーク、オスロ、ピッツバーグ、バンクーバーの首長たちだ。
欧州や北米、南アフリカにわたるこれらの自治体の人口は合計で約3600万人に上るという。宣言に合わせて、ニューヨーク市長のビル・デブラシオ氏は「新型コロナウイルスから回復していく過程で、我々は都市をさらに強くしなければならない」と解説している。
10月1日には、英国のケンブリッジ大学が大学への寄付等を原資とし、運用益を大学の研究や教育活動を支援するために使う「基本財産基金」の投資対象から化石燃料関連資産を外す方針を打ち出した。基金の規模は35億ポンド(約4750億円)と、欧州では有数の規模を誇る。
方針では、12月までに伝統的な主要エネルギー企業の上場株式を売却し、逆に2025年まで再生可能エネルギー関連の投資比率を高める。30年までにすべての化石燃料関連資産を売却、38年には投資対象となっている資産に関連する温暖化ガスの排出が実質ゼロになるように運用資産の見直しを完了するという。
こうした工程表を示したのは、同大が38年までに大学の運営で排出する温暖化ガスを実質ゼロにする目標を掲げており、それとつじつまを合わせるものだ。今回の方針決定にあたっては、学内の学者と財務責任者が「ダイベストメントの利益と不利益」と題する116ページの報告書を作成し、多面的に議論を重ねてきた点に特徴がある。
米国のワシントンに拠点を置く運用助言会社のアラベラ・アドバイザーズの調べでは、化石燃料関連資産に関して何らかのかたちでダイベストメントを宣言した世界の投資家・金融機関は18年9月時点で985機関、その運用資産総額は6兆2400億ドル(約655兆円)に及ぶと推計されている。16年9月時点で688機関で運用資産額総計は5兆ドルだったのが、2年間で大きく増加している。さらに足元では、大きく伸びている可能性が高い。
日本国内ではどうか。9月下旬、大手損害保険3社が「今後新設される石炭火力発電所の保険引き受けや投融資を原則行わない」と相次いで表明したものの、既存資産の取り扱いが不明だったり、例外規定が存在したりしているのが実情だ。
そもそも日本では、ダイベストメントという行為に対して、単なるスタンドプレーで気候変動を食い止める効果が果たしてあるのかと懐疑的な見方が根強い。さらに、対象を化石燃料関連企業全体に広げることには「石油や天然ガスまで拒絶するというのは、日本経済の現実を無視した空虚な主張」と受け止める傾向も顕著だ。
さらに「ライフサイクルアセスメントの観点からみれば、再生可能エネルギーですら排出する二酸化炭素はゼロではない」、「現在の化石燃料関連企業が効率化や技術革新を実現していくには、研究開発や設備投資のための投入資金こそが重要だ」という主張が、日本ではいまだ支配的である。
これまでも、投資家や金融機関が不良資産になりそうな投融資対象からいちはやく手を引く行動に対しては、批判の声がたびたび上がってきた。「逃げ足が速い」というのではなく、「最後まで面倒を見る」というのが、あるべき姿勢だとする言説には確かに一定の説得力がある。
ただ、欧米流のダイベストメント運動に、感情的な嫌悪感だけ表明しても、らちがあかない面があるのも事実だろう。
ローマ帝国の政治家、哲学者として知られるルキウス・アンナエウス・セネカが遺したとされる「どの港へ向かうのかを知らぬ者にとっては、いかなる風も順風たり得ない」という言葉を欧州の研究者から教えられた。
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欧米流のダイベストメント論は、直ちに化石燃料の使用を自ら止めるという決断に裏打ちされているわけでは決してないのだ。欧米の石油・天然ガス企業は脱炭素という戦略目標を掲げながらも、エネルギー資源の上流開発投資を継続するというリアリティーを持っている。

その一方で「脱炭素や排出ゼロという世界が目標であり、到達点だ」ということが重要なのである。目標に向けて舵(かじ)を切っているという姿勢が、人々の理解と支持とエネルギーを生むと考えているのだ。
10月6日の欧州議会では、欧州気候法案(European Climate Law)の審議で、30年の温暖化ガス削減目標を現行40%削減(1990年比)から60%に引き上げる案について賛成352票、反対326票、棄権18票という僅差で可決した。
今後、閣僚理事会との協議があり、そのまま現実のものになるとは言えないが、欧州委員会が当初提出した55%削減から5%をさらに上乗せする形で採決されたというのは特筆に値する。
9月の国連総会では、中国も「より強力な政策措置を採用し、60年までに炭素中立を達成するよう努める」ことを表明した。それが達成できるか否かは不確実だとしても、「どの港へ向かうのかを口にしない」姿勢は、国外から「どの港へも向かわないと宣言している」と見なされてしまうことを覚悟しなければならない。
そして何より、日本では「どれが順風なのか見分けがつかず」身動きがとれない状況を作り出してしまっていることを、いま一度、認識しておきたい。
[日経産業新聞2020年10月16日付]関連企業・業界