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小野寺正(12)電電退社

5カ月間 引き留められ 良好な関係保つため辛抱

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1983年11月の鹿ケ谷の会合の後も、稲盛和夫さんの第二電電構想は水面下に潜ったままだった。それをすっぱ抜いたのは、翌84年3月10日の日本経済新聞朝刊だ。トップページに「京セラなど"第2電電"設立に動く」と大見出しで報じたのだ。

記事は京セラだけでなく、ウシオ電機ソニーセコムも新会社に出資すると書いており、これも正確だった。稲盛さんが若手経営者の会合で、ウシオ電機の牛尾治朗さんやセコムの飯田亮さんらに計画を打ち明け、彼...

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