素材生かしたアイヌ料理 「ウポポイ」のレストラン

7月に開館したアイヌ文化を学べる「民族共生象徴空間(ウポポイ)」(北海道白老町)は、資料展示だけでなく、アイヌ文化の継承と復興を目的として伝統芸能も上演している。併設レストランの「焚火ダイニング・カフェ ハルランナ」は、エゾジカなどアイヌ料理で使われる食材を気鋭のイタリアンシェフ、森陽介氏がまとめ上げ、予約が難しいほどの盛況となっている。
ハルランナは道内3カ所で宿泊施設を展開する、ぬくもりの宿ふる川(札幌市)が運営する。ハルランナは同社初のレストラン単独店だ。
「アイヌの人たち食事は素朴で素材の持ち味を大切にしていると感じました。その考えを生かしながら、イタリアンの技法に落とし込んでいます」と話す森シェフ。
こうした料理の数々は、午前11時から午後2時までのランチメニューで楽しめる。コースはスープ・前菜・メイン・デザート・カフェのハーフコースが中心。「ユク(蝦夷鹿)の焚火ローストコース」と「北海道ラムの焚火ローストコース」はそれぞれ税別2800円と、メインに貴重な白老牛を使ったコース(同4500円)がある。そのほかに前菜を省いた「ユク(蝦夷鹿)」と「白老牛の合挽ハンバーグコース」(同1800円)を用意する。

森シェフは「アイヌの人たちの食事にエゾシカと鮭(さけ)は欠かせない」とコースに積極的に取り入れている。伝統的なアイヌ料理に思いをはせ、肉類は厨房のたき火コーナーであぶって仕上げている。
取材時はエゾジカのコースと限定の滝川産鴨肉のコースの計2人前を注文した。具だくさんのスープの後に、出てきた前菜は、大ぶりに切った秋ザケの刺し身が2枚ものったサラダ仕立てだ。続くメインの2人前の鹿とカモの盛り合わせに圧倒された。
季節の草木で彩られた大皿に薪焼きで仕上げた鹿のイチボとスペアリブ、それにカモのモモ肉が一本のっている。2人前としては十分なボリュームだ。イチボはほどよく赤身が残り、かみしめると肉汁が広がり、薪焼き特有の香ばしい香りが鼻腔(びこう)を抜ける。
素材の味を楽しんだら、イタリアンの手法で作られた各種ソースを添えて新しい味覚と出合えるので飽きさせない。スペアリブは遠慮なく両手で持って、かぶりついてやっつけた。こちらもかみ応えのある肉で、あごの運動をしながら濃厚な鹿肉のうま味を堪能した。
窓の外に目をやればポロト湖が広がるのどかな景色。最高のロケーションだ。さらにデザート、ドリンクと続き、想像を超える満足なランチが楽しめた。
アイヌ料理を提供する店はすでにいくつもある。森シェフはアイヌの人たちの食について分析し、新しい「アイヌインスパイアイタリアン」を完成させている。そのクオリティーは味、調理法、盛り付け、どれをとっても一流店と呼ばれるレストランと比べても遜色ない。料理で異文化の共生を実現している。
全国でレストラン併設に力を入れる美術館や博物館は増えているが、利用すると肩すかしに終わることが多い。しかし、ハルランナは違った。最近は地域に着目したマイクロツーリズムも人気を集め、博物館などはこうした観光の目玉になる。博物館のメッセージを体現するハルランナに学ぶべきことは多そうだ。
(フードジャーナリスト 鈴木桂水)
フードジャーナリスト・食材プロデューサー。おいしいお店から繁盛店まで、飲食業界を幅広く取材。"おいしい料理のその前"が知りたくて、一次生産者へ興味が尽きず産地巡りの日々。取材で出合った産品の販路アドバイスも行う。
[日経MJ 2020年10月9日付]
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