伝統的メディアの変革
新風シリコンバレー WiLパートナー 小松原威氏
コロナ禍で消費者のデジタルシフトが加速された。買い物や食事をする際に、消費者にとって最初の接点がモバイルアプリなどのデジタルになることが増えた。実際に米国でも電子商取引(EC)化率が急激に上昇している。

米マッキンゼーのリポートによると、2019年までの10年間で毎年1%ずつ上昇して16%になったEC化率が、コロナ禍の3カ月で一気に34%まで上昇し、約2倍もの成長を遂げた。
ここまで急激にEC化が進むと、広告のトレンドも変わる。企業の広告出稿控えで、米グーグルの検索連動型広告が減収となるなか、米アマゾン・ドット・コム上に広告を出す「リテールメディア」と呼ばれる分野が急拡大している。
これはアマゾンのスペースを一つのメディアとして捉え、出稿する企業に貸し出す広告モデルだ。消費者に極めて近いECサイトであるアマゾンに広告を出す利点は非常に大きい。日本でも資生堂が23年に広告費の90%以上をデジタルにシフトすることが話題になった。企業広告が新しいデジタルメディアを活用し始めると、紙媒体を筆頭とした既存の伝統的メディアには厳しい環境が続く。
そんな中、伝統的メディアが変革した成功例に挙げられるのが米紙ニューヨーク・タイムズだ。14年に社内資料だった97ページにも及ぶ「イノベーションリポート」が外部に公開され、大きな反響を呼んだ。デジタル化が進む新しい時代の波に適応できていない現状に警鐘を鳴らした。記事の内容にだけこだわるのではなく、デジタル化で読者を開拓し、関係性を深めていくことを提言した。
収入の中心を広告からデジタルの購読料に変えていき、今年6月時点でデジタルの有料読者は400万人を突破した。直近の四半期ではデジタル経由の収入がついに紙関連収入を超えたという。最近は81年続いたテレビ欄を紙面から無くしたことも話題になった。
実はこのニューヨーク・タイムズの活動を参考に、強烈に変革を進めているのが日本の地域メディア静岡新聞だ。一昨年弊社のファンドに出資後、シリコンバレーにこれまで総勢約80人の従業員を送り込み、1週間の研修を通じてマインドセットを変革し、複数の新規事業に着手した。社内外約300人にインタビューも重ね、静岡新聞版の「イノベーションリポート」を今年8月に公開した。
部数の激減や変化を拒む社員など、危機的な現状を赤裸々に公開し、新しいビジョンとして記者本位の記事を押し付けるのではなく、とことんユーザーに向き合うユーザーファーストの企業として生まれ変わることを社内外に宣言した。
私も活動を共にする中で感じる静岡新聞社員の強みは、七転八倒する中でも失われない底抜けの明るさだ。会社を変える前に、まず社員一人一人自分が変わることに徹底的に注力し、前に進み続ける。伝統的メディアが変革を遂げるにはまだ道半ばだが、「リポートを公開することで退路を断った」。静岡新聞大石剛社長の言葉は重い。
[日経産業新聞2020年10月6日付]関連企業・業界