水素社会へ加速する欧州 道筋描けず遅れる日本
Earth新潮流 日本総合研究所理事 足達英一郎氏

2020/9/18付
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欧州企業が水素エネルギーの活用を経営計画に着実に組み入れ始めている。特にエネルギー関連企業は脱炭素化を強く求められており、積極的な目標が目立つ。欧州で官民を挙げた水素社会への取り組みが加速する一方、日本では政府やエネルギー企業が水素活用の道筋を明確に描けていない。遅れを取り戻すには大胆な政策決定が必要だ。

水素社会の推進へ日本の政府やエネルギー企業の姿勢が問われている(水素ステーション)

水素社会の推進へ日本の政府やエネルギー企業の姿勢が問われている(水素ステーション)

英国のガス大手カデントが2020年3月、5億ユーロの調達を目的に社債を発行した。資金使途を投資家に明示する種類の債券で、使途には水素ガスと他の低炭素ガスとの混合を促進する導管への交換、メタン漏出を削減するために既存の水素ガス適応型導管の修繕や交換、水素燃料ステーションの整備などが盛り込まれていた。

19年12月に公表した21~26年の中期経営計画では、水素ガス供給網の構築・整備を積極的に進めていくと同時に、50年の「温暖化ガスのネット排出ゼロ」に向けた道筋を示していた。50年の目指す姿として、水素ガスの供給量が天然ガスを上回り、水素混合ガス、バイオマス合成天然ガス、バイオメタンガスの供給が柱になるという絵を描いている。

英国で全体の半数近い1100万世帯と多くの企業にガスを供給しているカデントの計画は、水素社会の形成に向けた大きな影響力になりそうだ。

背景には、英国政府が19年6月に08年制定の気候変動法を改正して、50年に温暖化ガス排出を実質ゼロにする目標を掲げたこともある。カデントは供給するガスを自社で製造しないため、大胆な戦略を打ち出すことができるという理由もある。

英国が離脱した欧州連合(EU)でも、20年7月に欧州委員会が「欧州の気候中立に向けた水素戦略」と題したコミュニケーション(政策文書)を発表した。30年には、再生可能エネルギーから製造する水素の生産量を1000万トンと具体的な目標を設定した。

17年に日本政府が策定した「水素基本戦略」では30年の水素供給目標が30万トンだったから、その野心的な目標の差は理解できるだろう。水素の用途も電力の貯留や燃料電池向けばかりでなく、製鉄所や化学工場などでの原料化、化石燃料の代替を見据える。

8月には、ドイツの大手鉄鋼・機械メーカーであるティッセン・クルップがデュイスブルクにある製鉄所で、従来の石炭に代わって再生可能エネルギーで作った水素を使用する鉄鋼生産プラント(年間40万トン規模)の建設に着手し、25年までに大部分を完成するという計画を発表した。

翻って、日本の現状をどう評価すべきだろうか。政府は19年時点で、水素と酸素を使って電気と熱を作る「家庭用燃料電池」が約30万台普及し、燃料電池自動車(FCV)などに充填する水素ステーションも世界最多の100カ所以上設置されていると胸を張っているようだ。だが、普及のハードルとなる価格の高さに本気で切り込もうという姿勢はみえない。

1月に取りまとめた「革新的環境イノベーション戦略」をみると、「50年ごろに二酸化炭素(CO2)を排出しない水素製造コストを10分の1以下(天然ガス価格並み)とする」という一文が掲げられたものの、そこに至る道筋や政策支援の在り方は依然としてハッキリしない。

加えて、メタンの直接分解による水素製造、天然ガスや褐炭等を改質する水素製造が、政策的に再生可能エネルギーを利用した水の電解による水素製造より先行して位置付けられているのも特徴だ。

国内の大手ガス会社の姿勢もどこか煮え切らない。A社が19年に発表した経営ビジョンでは「30年以降は、国内・海外の再エネ電源も活用した水素の製造・直接利用、熱需要対応としてのメタネーション等の利用・導入を進める」という言及にとどまる。

B社の20年の統合リポートでも、水素ステーションの開所実績や「水素利用技術の開発を進める」とあるだけだ。「都市ガスなどから取り出した水素」と由来を限定するような表現も目を引く。

わが国の大手ガス会社は、ガスの製造から供給まで一手に担う。目の前の経営だけを考えるのなら、天然ガス供給をできる限り長く続けたいだろうし、家庭用燃料電池の販売より自由化で販売できるようになった電力契約を獲得した方がよいと考えるのも無理はない。

火力発電所の燃料として水素混焼が期待されながらコスト上昇を懸念する電力会社や、水素の代替で直接的にシェアが奪われかねない石油会社が、水素社会を歓迎しないのも同様だろう。

「価格の高さ」は、水素社会の到来を疑問視する際の根拠となる。ただ、「普及しないから高い」という側面もある。将来も見据えた社会的な便益を考えて、行政府が規制や税、課徴金、補助金といった方法を駆使して水素エネルギーの活用に向けた役割を発揮すべき時期ではないか。

例えば、再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度に代わって、再生可能エネルギーを利用した水電解による水素製造に大胆な補助金を割り当て、大手エネルギー企業には一定量の利用を義務づける政策アイデアは傾聴に値する。

新型コロナウイルス禍の景気対策として、将来世代もメリットを享受できる有効な経済面の需要刺激策にもなる。いわば「日本版グリーンリカバリー」である。

欧州の取り組みをみても、日本の官民が「やっているふり」では、もはや水素社会に向けた世界のトップランナーで居続けることは困難だという現実を直視する必要があるだろう。社会を支えるエネルギー資源について「変化は悪」と考えがちな慣習を、何とか「変化は善」と捉えるように改められないか、企業人に突き付けられた問いでもある。

[日経産業新聞2020年9月18日付]

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