/

気候変動対策、カギはデータ活用と伝え方

Earth新潮流 三井物産戦略研究所シニア研究フェロー 本郷尚氏

近年、梅雨末期の豪雨被害が目立つ。背景には、気候変動による水蒸気発生量の増加の影響があるようだ。気候変動が進むにつれて、今と同じような場所に住み、経済活動をするわけにはいかなくなる。変化への備えは急がなければならず、そのカギを握るのはデータや情報の活用戦略だ。

■ □ ■

対策の第一歩は、事実を「知る」ことだ。どういう変化が起きているかについてのデータ収集や研究はかなり進み、目にする情報も増えてきた。

代表的なのは、気温や水循環などの分析結果をまとめて地球規模でとらえる気候変動に関する政府間パネル(IPCC)報告だろう。ただ、自分の住む場所や事業を行っている場所で何が起きるかを世界地図から読み取るのは難しい。

日本で開発された「地球温暖化対策に資するアンサンブル気候予測データベース」(d4PDF)は、日本の各地を20キロメートル四方で気温や降雨量の変化を日単位で示す。都道府県や河川流域の変化を推測するには適している。文部科学省が主導し、現在は研究目的が中心だが、今後は広く開放される見込みだ。

同じく文科省のプログラムで進めていた「気候変動適応技術社会実装プログラム」(SI-CAT)も農業や林業、防災の対策に具体的に役立てる狙いで、洪水や高潮などの可能性、コメやリンゴなどの品質低下といった研究を蓄積した。

都市計画、気候に合った農作物への品種改良、公共インフラの強靱(きょうじん)化、ダムによる発電と治水の最適化、災害時の事業継続計画(BCP)など様々な分野に活用可能であり、研究から実利用の段階を迎えようとしている。

民間による気候変動データのビジネス化については、海外の動きが早い。ジュピターなど米国のスタートアップは早くも既存の研究結果をもとに人工知能(AI)など活用して「指定地域の気候に関する将来予測」といった独自の分析サービスを提供し始めている。

気候変動の影響を100%封じ込めるのはほぼ不可能だし、そのコストは際限ない。対策の効果とコストは、情報を十分に解釈できるかというデータリテラシーにかかっている。

例えば、「雨量が2倍になる可能性がある」といっても、平均的な2倍であり、2倍をはるかに上回る局面もあれば、少ない場合もある。短時間で起きて豪雨被害になることもあれば、年間を通じて平均的に増えるのかもしれない。

最も急激な変化を想定すれば大規模な対策を急ぐ必要があり、少ない変化を想定すれば特段の対策は不要だ。可能性が低くても人命や基幹産業に打撃を与える場合には対策を講じるだろうが、可能性が高くても社会への影響が軽微なら注意深く観察するだけで十分かもしれない。

つまり確率など統計的手法で作られた数字の背後を、どこまで読み取れるかが合理的な対策の分かれ目となる。

■ □ ■

残る課題の中で最も難しいのは、データ解析をした結果の伝え方ではないだろうか。参考になるのが災害ハザードマップの経験だ。

災害ハザードマップは自治体を通じて各家庭に配られているし、ホームページでも公開している。しかし大災害の度に被災者が発生してしまい、「もっと活用しよう」と言われるのが現実だ。

気候変動は緩やかに進んでおり、日常生活から大きな災害や変化を予測することは難しい。そこで高潮や氾濫する川のシミュレーション映像を一般公開したり、気候変動の影響を身近に感じられる仮想現実(VR)が活用されたりしている。

こうした可視化の工夫はメディアなどでも成功しつつあるが、課題も含んでいる。動画などで見せることは危機感を高める目的だから、最大の変化、最悪の状況を示すことが多い。

例えば洪水リスクが低くても、土砂崩れや地震など様々なリスクを重ねあわせれば完全に安全な場所は少ない。リスクのある地域にも大勢の人が住み、高度に利用されている。こうした現実の中でリスクをあおるだけだと住民の間では無力感から対応が鈍るかもしれない。求められるのは「正しく恐れる」ことだ。

「d4PDF」のモデル実験で示した平均最高気温の分布図(同サイト資料から作成)

説明する側には「わかりやすさ」が求められ、データや数字が重宝される。一方で単純化した説明は誤解を招く危険性もある。どういう条件での気候変動や災害予測なのか、それらはどの程度の頻度でいつごろ発生しそうか。予測が外れるという不確実性を含めて、丁寧な説明が必要になる。「危険です。とにかく気をつけてください」という経過説明のブラックボックス化は危険だ。

分析結果を使う側ではシミュレーションや数字をうのみにしないリテラシーも問われる。気候変動が自分の事業や社会生活にどう影響するかは、当人でしか詳細は分からない。対策を考えるにあたっては、「どうやって(How to)」に気持ちが向かいがちだが、「なぜ(Why)」そうするのかを念頭に置いて責任ある判断をすることが重要だ。

気候変動に関するデータはデジタル技術の進化によって収集量や種類も増えている。数字に惑わされず使いこなすのに欠かせないのは統計や数字の扱いの基礎力だ。今回の新型コロナウイルス禍でも、様々な数字が独り歩きしていると危惧する専門家の意見もある。気候変動問題に限らず、不確実性の高い時代に入った中では、社会問題の解決に欠かせないのはデータリテラシーの教育かもしれない。

[日経産業新聞2020年8月28日付]

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

日経産業新聞をPC・スマホで!初回1カ月無料体験実施中

 スタートアップに関する連載や、業種別の最新動向をまとめ読みできる「日経産業新聞」が、PC・スマホ・タブレット全てのデバイスから閲覧できます。直近30日分の紙面イメージを閲覧でき、横書きのテキストに切り替えて読むこともできます。初めての方は1カ月無料体験を実施中です。

詳細はこちらから

関連企業・業界

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン