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企業と投資家 変わる対話 コロナ下、長期的視点に関心

Earth新潮流 日経ESG編集部 半沢智

新型コロナウイルス感染症の影響により、企業と投資家の「エンゲージメント」(対話)の内容が長期視点へと変化している。株主総会や投資家向け説明会でも企業の存在意義など、従来と異なる質疑が交わされるようになってきた。

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キリンHDの磯崎功典社長は株主総会後、投資家との対話の重要性を語った

「キリンは30年後、50年後、いや100年後も、キリンとして存続していると思うか」。企業業績などに対して短期志向で知られる海外投資家が、キリンホールディングス(HD)との対話の場で最初に投げかけた質問だ。この投資家はこれまで四半期業績や限界利益の推移など、足元の業績やコスト低減策に関する質問を繰り返すのが常だった。

キリンHDで投資家とのコミュニケーションを担当するコーポレートコミュニケーション部IR室主務の松田憲氏は「コロナショック以降、投資家が投げかける質問に明らかな変化を感じる」と話す。

ビール大手の中では比較的家庭の需要が多い同社だが、新型コロナウイルスの影響は大きな打撃となっている。これまでなら投資家との対話でも、こうした目下の課題に質問が集中していたはずだ。それがコロナショック以降、多くの投資家から聞かれたのが「企業が持続的に存続できるのか」「社会における企業の意義は何か」という質問だ。

松田氏は「投資家の注目点が変わったことにより、事業が生み出す社会的な価値をストーリーとして投資家に説明する必要が出てきた」と話す。企業の存続可能性や社会的な意義といった投資家の質問には、同社が2019年2月に刷新した経営理念で掲げる「食と健康」の説明から入る。

具体例として、免疫細胞の活性化が期待されるプラズマ乳酸菌を紹介。キリングループが11年から研究を進めてきた素材で、17年から商品化を始めて飲料、ヨーグルト、サプリメントなどに展開中だ。20年第1四半期の関連商品の販売数は前年同期と比べて3倍以上、3月単月で4倍以上になったことを伝える。「健康」という目下の社会課題に事業として取り組み、結果として表れていることをアピールする。

「ビールの会社」から「食と健康の会社」へ――。今でこそ、この決断に追い風が吹いている同社だが、かじを切るに当たって投資家と激しい衝突があった。株式の約2%を持つ英投資会社フランチャイズ・パートナーズが経営多角化に反対し、健康や医薬事業の売却を求めて3月27日の株主総会に向けて株主提案に踏み切ったのだ。

総会直前の3月3日にキリンHDが開催した投資家説明会では、19年8月に1293億円を投じて33%の株式を取得したファンケルの島田和幸社長が登壇して、多角化のメリットを訴えた。こうした投資家との対話が奏功し、株主総会で多くの株主が会社提案を支持。株主提案を退けた。

総会直後の会見でキリンHDの磯崎功典社長は「株主との対話が大きな収穫となった」と語った。自社の長期戦略を説得力のある成長ストーリーとしてトップ自ら発信し、投資家の疑問や要望に応えていく姿勢が重要だということを再認識した。磯崎社長が発した「収穫」という言葉には、こうした思いが込められている。

キリンHDは18年に日本の食品会社として初めてTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に賛同を表明。19年には経済産業省が女性活躍推進のモデル企業を認定する「なでしこ銘柄」に2年連続で選定されるなど、ESG(環境、社会、ガバナンス)に積極的に取り組んできた。コロナ禍で様々な社会課題に注目が集まる今こそ、ESGの取り組みをアピールし、「攻め」の対話で企業価値を高めたい考えだ。

投資家との対話を通じて企業価値を高めるべく、大きな決断を下したのがみずほフィナンシャルグループ(FG)だ。

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6月25日に開催した株主総会で、これまで取締役会で決めていた配当額を総会でも決められるように定款を変更した。株主提案に会社が同調し、98.9%の賛成で可決した。梅宮真最高財務責任者(CFO)は株主総会で「企業価値向上のため、資本の使い方について株主との対話を今まで以上に強化していく」と述べた。

みずほFGは配当額を株主対話で決める定款変更に踏み切った(写真は梅宮真CFO)

コロナショックで多くの企業が資金繰りにあえぐ中、株主還元に偏った資本政策は理解が得られない。投資家との対話の場でも、コロナの影響を踏まえた配当政策について問われることが多くなってきた。

みずほFGの定款変更にはリスクも潜む。今後、株主総会で配当額に関する株主提案が出たとき、決定は株主による決議に委ねられる。資本政策を株主に「握られる」ことにもなりかねない。こうした懸念に対して梅宮CFOは「企業の持続的な存続と成長を望むのは、企業も株主も同じ。配当を含む資本政策について我々の意見や議論の経緯をしっかり伝えることが大事だと考えた」と答える。

配当は事業の成長投資とトレードオフの関係にある。配当方針を示すということは、裏を返せば企業の成長戦略を示すことに他ならない。配当の議論をきっかけにして成長戦略を伝え、市場に評価してもらうことで株価の向上を目指す。

梅宮CFOは「昨年の秋から石炭火力発電所への投融資をはじめとする環境やサステナビリティの話題が増えた」とも話す。6月の株主総会では、環境NPO(非営利組織)が「パリ協定の(温暖化ガス削減に関する)目標に沿った投融資をするための情報開示を定款に規定する」という株主提案を提出。否決されたものの34.5%の賛成票を集めた。

同社は4月、30年度までに25兆円のサステナブル(持続可能な)ファイナンスを実行するという新たな目標を掲げた。環境NPOや投資家などのステークホルダーと対話を進め、目標の数値や期間を随時見直していく。こうした対話を株主や顧客の納得感につなげ、企業価値向上を図る。

企業には多様な投資家と意見や情報を交換することで経営のヒントを引き出し、企業価値に結び付ける真の対話が求められている。

[日経産業新聞2020年8月25日付]

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