レストランと技術革新
新風シリコンバレー WiL共同創業者兼CEO 伊佐山元氏

2020/8/18付
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それは前触れもなく突然やってきた。Mayfield Bakery&Cafeが潰れた。私が10年以上シリコンバレーの多くの起業家やベンチャーキャピタリストと、テクノロジーが社会を豊かにする夢を語り、その実現のために、多くの投資を決めたレストランだった。

1997年東大法卒、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。2003年から米大手VCのDCM本社パートナー。13年8月、ベンチャー支援組織のWiL(ウィル)を設立。

1997年東大法卒、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。2003年から米大手VCのDCM本社パートナー。13年8月、ベンチャー支援組織のWiL(ウィル)を設立。

簡素で品の良いお店で、地元の新鮮な食材と自家製の焼きたてのパンにこだわり、地元のビジネスコミュニティーの人気スポットの一つであった。もう数カ月も家賃が払えていなかったようで、地主が苦渋の判断を下したという。

シリコンバレーがどんなに先端技術に優れていたとしても、レストランでの起業家たちの交流や、投資家との会食は、イノベーションの生態系が健全に発展するうえでは不可欠なプロセスであった。そんな日常が失われた今、我々ベンチャーキャピタル(VC)業界は戸惑いを感じている。

ベンチャー投資は、ビジネスモデルの評価や、事業の市場規模、背景にある技術の優位性などの論理的なファクト分析が中心だと思われがちだ。

だが、創業してから日の浅いアーリーステージの投資は、創業メンバーの人物評価や特にその人の性格、人生観、世界観、夢などを理解し、共感することで決めることが多い。投資判断の要素を100とすると、60%くらいは創業メンバーの人間性への評価と相性と言っても過言ではない。

今はやりのZoomをはじめとしたビデオ会議システムの問題は、この人間性評価において、あまり役立たないということだ。一緒に食事をすれば、料理の頼み方から品性を感じ、ウエーターへの対応から人柄を知り、食事中の会話から教養の深さを理解し、酒を飲めば、本性を垣間見ることができるかもしれない。

投資後も降りかかる難題や困難に対するストレスの吐口や、コーチングする環境としても、堅苦しい会議室などよりも、快適なレストランは最高の場だった。

コロナ禍で対面の会議や打ち合わせができなくなり、老舗VCも新たに生まれるベンチャー企業への投資判断に困っていると聞く。やはり人間とのアナログな交流から得られるインスピレーションをデジタルが代替することはまだ難しい。

デジタルトランスフォーメーションは我々の生活をますます効率的にしてくれるが、人間の本質である社会性を完全に実現できるところまでは来ていない。仮想現実(VR)や拡張現実(AR)の技術が実際の人間の交流を限りなく再現できるようになるだろうか。

私は技術がいかに進化しようとも、オフィスでのたわいもない会話や、ランチでの身の上相談、飲み会やカラオケでの人と人の交流がなくなっては寂しいと思う。特に知と知の偶発的な衝突は、人がたわいもない雑談をしている時や、異業種の人間とのリアルな交流時に起きることが多い。これはイノベーションの原則である。私自身も、仕事は全て効率と生産性だけではなく、日々驚きと発見であふれていてほしいと願う。

[日経産業新聞2020年8月18日付]

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