/

欧州委員会の新戦略 コロナ禍 生物多様性の議論リード

Earth新潮流 日本総合研究所理事 足達英一郎氏

温暖化ガスの正味排出量をゼロにする「気候中立」と経済成長の双方の実現を目指し、欧州連合(EU)経済を持続可能なものにする。欧州委員会がこうした方針を掲げ、多岐にわたる包括的政策(グリーンディール)を打ち出している。中でも気候変動に続き、生物多様性でも世界をリードしようとする動きが出てきた。

■ □ ■

フォンデアライエン欧州委員長は環境政策で手綱を緩める様子はない(20年1月)=ロイター

欧州全体の新型コロナウイルス感染症による死者は20万人を超えたとされる。EUは21日、経済再生へ92兆円のコロナ復興基金案で合意に至り、「環境やデジタルなど欧州の未来に投資するものだ」とフォンデアライエン欧州委員長は力を込めた。コロナ禍でも、同氏に、環境政策の優先度を引き下げる姿勢はみじんもないようだ。

2020年3月以降だけに限っても、3月4日に気候法法案、同11日に循環経済行動計画、5月20日には農場から食卓へ戦略(ファーム・トゥ・フォークストラテジー)と欧州生物多様性戦略(EUバイオダイバーシティーストラテジー)を公表。7月8日には欧州エネルギーシステム統合戦略と欧州水素戦略が矢継ぎ早に登場した。

このほか、3月4日には炭素境界調整メカニズムに関する意見聴取を開始、6月25日には海洋戦略枠組み指令に関する報告書を採択。6月29日には、石炭や二酸化炭素多排出産業の集積地域支援のための「公正な移行プラットフォーム」を発足させている。

19年12月に発表されたグリーンディール政策文書には、主要なアクションが予定時期とともにロードマップとして添付されている。その幾つかは予定より遅れているとの指摘もあるが、コロナ禍で雇用維持や消費拡大に躍起になる日本の状況と比べても、なぜ手綱を緩めることなく「欧州グリーンディール」を推進できるのかという疑問が湧く。

この点については、欧州内の政治状況がひとつの回答となるだろう。19年5月末の欧州議会選挙では、極右民族主義・欧州懐疑派系会派が得票を伸ばした点に注目が集まったが、他方で欧州緑グループ・欧州自由連盟が改選前から23議席増やしたという事実もあった。

19年12月にフィンランドで新内閣が誕生すると、首相である社会民主党のサンナ・マリーン氏のもと、内務大臣や外務大臣、環境・気候変動大臣は緑の党からの入閣となった。20年1月にはオーストリアのクルツ首相(国民党)の組閣に当たり、緑の党から初めて5人の大臣が入閣を果たしている。

アイルランド緑の党は、20年2月の総選挙で2議席から12議席に躍進し、他の2つの政党と交渉の末、6月には連立政権に4人の閣僚を送り出す力を示した。

さらに地方選挙レベルでも緑の党躍進の傾向は目立つ。例えば、フランスでは6月の統一自治体選挙2回目投票で緑の党が歴史的勝利を収めた。発足したカステックス新首相率いる内閣では、同党の元党員であるバルバラ・ポンピリ氏が環境相に就任という、支持層拡大を狙った象徴的な人事も話題を集めた。

直近でもドイツの国際放送ドイチェベレの興味深い調査がある。それは「仮に7月5日にドイツで総選挙が行われた場合に、どこに投票するか」というものだ。結果は、キリスト教・社会民主同盟の37%に次ぎ、緑の党が20%と、社会民主党の16%を4ポイントも上回る結果となっている。

■ □ ■

欧州で環境政策が表看板として掲げられ続けるのには、こうした有権者の意識と、それに配慮せざるを得ない政治的判断があるのは間違いない。

この数カ月の間に次々発表されたEUの政策方針はいずれも野心的なものであるが、ここでは特に欧州生物多様性戦略に注目したい。

戦略文書のなかでは「自然が破壊されるにしたがって、感染症の出現と拡大のリスクは大きくなる」という認識が示され、気候変動影響、森林火災、食料供給の懸念、疾病の流行といった将来の危機に対し、生物多様性保全が強靱(きょうじん)な社会構築に資することを再確認している。

戦略の主な要素は4つ。(1)陸域、海域での自然保護区域に関する欧州のネットワークを拡大する、(2)30年に向けて劣化した生態系を修復する実行計画を進める、(3)これまでのやり方を変革するために知識、資金調達、投資の側面を含む新たな政策枠組みの強化を図る、(4)世界レベルの生物多様性保全の挑戦について欧州がけん引する――。野生生物の保護と違法な野生生物取引との戦いにも重点が置かれている。

今回の欧州生物多様性戦略の副題が「自然を我々の生活のなかに引き戻す」となっているように、今後は「自然の恵み」として経済が享受している「生態系サービス」を明確にして、それを利用する際には一定のコストを担う利用者負担と汚染者負担の原則が様々な領域で適用されていくことだろう。

有識者のなかには、「気候変動の次は生物多様性だ」と欧州が世界をリードしようとするテーマの進化を予言する人もいる。現に、グリーンディール政策文書には「EUが引き続き国際的な気候と生物多様性に関する交渉を主導し、国際的な政策枠組みをさらに強化する」との記述もある。

7月10日、国際標準化機構(ISO)から1つのニュースが飛び込んできた。フランスの規格協会(AFNOR)が提案していた、生物多様性領域における国際標準化に取り組む専門委員会(TC331)の設立が決まったという。欧州の熱気は、簡単には冷めそうにない。

[日経産業新聞2020年7月24日付]

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

日経産業新聞をPC・スマホで!初回1カ月無料体験実施中

 スタートアップに関する連載や、業種別の最新動向をまとめ読みできる「日経産業新聞」が、PC・スマホ・タブレット全てのデバイスから閲覧できます。直近30日分の紙面イメージを閲覧でき、横書きのテキストに切り替えて読むこともできます。初めての方は1カ月無料体験を実施中です。

詳細はこちらから

関連企業・業界

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン