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ディープテックに光を

SmartTimes 大阪大学教授 栄藤稔氏

6月にみらい翻訳の代表を退任した。私事ではあるが、創業からの5年半で学んだことを語りたい。2014年10月にNTTドコモ子会社としてみらい翻訳を創業した。日本の翻訳・通訳産業の市場に、技術と営業が一体となって人工知能(AI)による機械翻訳事業を興すというのが動機だった。

1985年松下電器産業(現パナソニック)入社。国際電気通信技術研究所、NTTドコモ・シリコンバレー拠点長、研究開発担当の執行役員を経て2017年7月から大阪大学教授。

社員10人ほど、東京・赤坂の雑居ビルの2階、坪単価8500円ほどのオフィスで事業は始まった。トイレも手狭だったので大型商業施設のトイレを時々利用させてもらった。もっとも新規事業は計画通り進まなかった。

ディープテック・スタートアップという言葉をご存じだろうか。AI、ロボット、新素材、仮想通貨などの最先端の技術開発を通じて新規事業を手掛けるベンチャー企業を言う。当然、事業が成り立つまでには高い技術力と大きな投資と長い時間がかかる。彼らは起業からほぼ数年間は赤字で、みらい翻訳もご多分に漏れず「浮上するにはまず潜る」会社だった。

みらい翻訳を創業して間もない16年に、米グーグルから深層学習という新技術を用いた機械翻訳サービスが登場した。競争相手の飛躍的に向上した翻訳精度を目の当たりにして「もうかなわない、この会社も終わりだ」と思った。それでも奈落の底でこう覚悟した。

既存プロダクトの営業を全て中止し、グーグル社の翻訳技術に1年で追いつく。商売を売り切りから定額課金モデルに切り替える。収支は無論、創業から毎年度赤字。プロダクトを作るために大赤字を2年続けるという恐怖感は半端じゃなかった。

それでもグーグル社が持ち得ないデータに注目し、高品質で高いセキュリティーに価値を置いた。グーグルの新技術には同じ年の16年に追いついた。17年にNTTコミュニケーションズと翻訳センターの販売チャネルがそろい富士通パナソニックとも提携した。6期目の昨年度の決算は純利益1億1000万円となり企業価値は100億円くらいにはなったと思う。新卒採用もできるようになった。

機械翻訳の性能が実用に至った瞬間を同僚と共有でき、生き残れたのは幸運だった。ただ、幸運だった。関係する全ての人に感謝したい。

生き残った会社、成功した人が価値判断の基準となり、そうでなかった会社や人を見過ごせば、起業家のあるべき姿を見誤る。世間の目には多くの挑戦と失敗が見過ごされている。日本の場合、出資側はスタートアップの目先の収入計画をチェックするばかりで、技術を正当に評価できていない傾向がある。ディープテック・スタートアップはプロダクトが現れるまで事業性が見えず赤字のままなのだ。「潜るから浮上する」ことに日本の投資家は光を当ててほしいと願う。

[日経産業新聞2020年7月17日付]

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