気候変動対策 コロナ教訓に 財務体質強化で事業継続
Earth新潮流 三井物産戦略研究所シニア研究フェロー 本郷尚氏

2020/7/3付
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新型コロナウイルス感染症の世界的な流行で、国際的なマスクの争奪戦や医療器具不足、今後のワクチン供給不安といった点からサプライチェーンの重要性が改めて強調されている。顧客サービスの継続、従業員の雇用確保のためにサプライチェーンの改革に動く企業も出てきている。

新型コロナウイルスの感染拡大では人の移動が広範囲で制限された(福岡市)

新型コロナウイルスの感染拡大では人の移動が広範囲で制限された(福岡市)

ただ、サプライチェーンに危機をもたらすのはコロナ禍だけでない。気候変動も大きな打撃を与える。2011年のタイの大洪水、19年に相次いだ国内の大型台風でも工業製品や食料などの供給に問題が生じた。国民すべてが危機を感じたコロナ禍だからこそ、次は気候変動を含む総合的な危機管理に取り組むチャンスかもしれない。

各国で二酸化炭素(CO2)の削減対策が講じられているが、パリ協定の目指している産業革命前からの世界の平均温度上昇の2度以内抑制はほど遠いのが現状だ。また、気温上昇を2度に抑えても今まで以上の気象災害や環境変化は起こるだろう。

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気候変動が現実のものとなれば、豪雨や強風で電線や橋などのインフラ、住宅、工場といった構造物にしばしば大きな被害が及ぶ。例えば11年のオーストラリア東北部の大洪水では炭鉱が被災。長期間にわたって供給が停止したため、石炭の市場価格は8割近く上昇した。

露天掘りの炭鉱水没、鉄橋の流失などの被害が注目されたが、原因はそれだけではなかった。復旧作業にあたる労働者も被災し、生産や輸送設備の復旧作業が遅れたのだ。

今回のコロナ禍でも、流通や生産に携わる企業や労働者の懸命の努力によって、流通や宅配サービスはかなり守られた。小売店の品不足は極端な需給バランスの乱れが原因だった。もし物流システムや生産を支える人間に大規模な感染が発生していたら、サプライチェーンはとんでもない規模で混乱しただろう。気候変動問題でも「人」への影響は軽視できない。

サプライチェーン対策は、生産の分散化とサプライチェーンの複線化が基本だろう。コロナ危機が世界中で発生しているのに対して、気象災害は同時発生の可能性が低く、分散化・複線化の効果は大きい。

ただし、代替するはずのサプライチェーンが同時に気候変動の影響を受ける可能性はなくならない。企業の事業継続のためにも、デジタル技術を活用した物流の可視化や気候変動の科学分析といった取り組みがますます重要になるだろう。

サプライチェーン見直しには副作用もある。しばしば言われるのが国内回帰だ。国産であれば需要の急な増減にも対応しやすい。しかし、新興国を活用する場合に比べてコスト高になり、多くの品目で国産化を目指せば、貿易の縮小や摩擦を招く。

CO2規制の厳しい欧州連合(EU)では、輸入品との競争力低下を避けるために関税を引き上げる国境調整策が検討されている。米中の貿易摩擦も続いている。世界中で内向き志向が強まっているなか、日本が行き過ぎた国内回帰政策をとると貿易戦争などのリスクを高めるだろう。保護主義への警戒は、医療物資を囲い込もうとするコロナ対策でも、気候変動対策でも必要だ。

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コロナ禍で再確認されたのは企業の財務体質の重要性だ。コロナ危機はいずれ収束に向かうだろうし、多くの気象災害も時間とともに復旧する。それまでの「我慢」も対策の一つだ。日本政府のコロナ対策で国費33兆円という第2次補正予算も、予備費以外の半分は企業のつなぎ資金になっている。

企業にとって財務面で十分な余裕を持つのはありきたりの対策にみえるが、よく考えておく必要がある。十分な手元流動性や在庫、調達の複数化などは「無駄」や「非効率」の象徴であり、「日本企業は資本効率が悪い」という批判などにつながってしまう。

株主資本主義のような考えが広がった金融業界では、リスクへの備えより短期的な収益が重視されるのが最近の傾向だった。伝統的な金融の世界では、例えば企業には3カ月分、事業には半年分の運転資金など十分な流動性を持つことを求めていた。コロナ禍や気候変動というリスクにも耐えられる事業継続を重視するならば、今後は「キャッシュリッチ」な経営が再評価されることになるかもしれない。

コロナ禍は雇用や投資、経営など社会の問題点をあぶりだした。サプライチェーンの複線化やIT(情報技術)活用に加え、極端な効率性重視の企業経営が見直しを迫られるだろう。

企業努力だけで経済回復できないことも分かった。非正規雇用への影響は大きく、政府の巨額支援は国債発行でしのいだが、いずれ返済が必要になる。財務面の体力が必要なのは政府や自治体、また個人も同じだ。サプライチェーンの危機管理から社会全体の変革の必要性が見えてくる。

[日経産業新聞2020年7月3日付]

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