固定費かけず幸福追求 - 日本経済新聞
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固定費かけず幸福追求

SmartTimes iU情報経営イノベーション専門職大学教授 久米信行氏

先日、明治大学の講義で講師をお願いした土倉康平さんの働き方はテレワークのはるか先を実現していると驚いた。冒頭、「上場企業の役員を辞めて、なぜ42歳で起業したのか」と切り出した時は、新事業で株式公開を目指す人かと思ったが、全くの的外れだった。

一言で言うなら「何にも縛られず好きなことだけを好きなようにして楽しく生きる」ための起業なのだ。

土倉さんは明大ラグビー部出身で、エンタメ・アパレル業界で20年以上マーケティングに従事。ゲーム開発のドリコムに転職してからは執行役員マーケティング本部長として活躍し、子会社の社長まで務めた。

そこまで登り詰めたのに、なぜ収入や社会的信用を失ってまで起業したのか理由がある。多くの事業のマネジメントに追われ、200人もの部下の評価と育成にも忙殺され、あっという間に一日が終わってしまう。マネジメントスキルは上がっても、自分自身のための学びの時間が失われ成長が鈍化していた。危機感を抱いた土倉さんは思い切ってSALTというマーケティング支援会社を立ち上げる。土倉さんを含め2名の共同代表だけの会社だ。

オフィスは自宅。スタートアップだからではなく、このミニマルな経営形態こそ目指す究極の姿だというのだ。社員は2人だが、オンラインコミュニティーには「好きなものやこと」でつながった副業・フリーランスの仲間たちが多数いる。企業から舞い込んだ案件ごとに、最適で最強のプロジェクトチームが組まれて対応する。各メンバーが無料のクラウドサービスを活用しながら、リモートワークで仕事を進めていく。

すなわちオフィスも社員もシステムも必要としない究極の「持たざる経営」なのだ。もともと賃料・人件費・借入金返済などの固定費が最少なので、今回のコロナ禍や自然災害などの非常時にも強い。リストラやコストカットの必要もない。だが、私が一番共感したのは土倉さんの生き方だ。同社の社是は「価値と人をつなぎ、世界中を『してみたい』でいっぱいにする」。言い換えれば、土倉さんが「してみたい」ことを追求するための起業だ。

逆に、どんなにもうかる仕事でも好きな仕事でなければ請け負わない。さらに、朝、夜、休日の個人の活動が犠牲になるような仕事も請けないという。個人の時間で「世界一のクラフトビールを作る会」という集まりを創出、大人の遊びも追求する。コロナ禍に悩む地元飲食店のために「中原おうちごはん」というコミュニティーもボランティアで立ち上げた。

土倉さんのような固定費最少、幸福最大を目指すミニマル経営者や専門家が増え、オンライン、オンデマンドで協業を楽しむ時代が本格的にやってくる予感がする。それが進展すれば日本は自己実現大国に近づくだろう。

[日経産業新聞2020年6月24日付]

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