コロナが試すESG経営 社員・取引先への目配り重要に
Earth新潮流 日経ESG編集部 相馬隆宏

2020/6/19付
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「新型コロナウイルスが世界を変えた今、改めて長期視点に基づく経営の重要性を感じている」。ソニーの吉田憲一郎会長兼社長CEO(最高経営責任者)は5月19日、2020年度経営方針説明会の冒頭でこう切り出した。

ソニーの吉田憲一郎会長兼社長は長期視点に基づく経営の重要性を強調した(5月19日の経営方針説明会)

ソニーの吉田憲一郎会長兼社長は長期視点に基づく経営の重要性を強調した(5月19日の経営方針説明会)

トヨタ自動車の豊田章男社長も20年3月期決算説明会で、SDGs(持続可能な開発目標)に本気で取り組むことが自らの使命であると語った。SDGsは国連が採択した環境・社会課題の解決に向けた30年の目標だ。新型コロナ危機を経験し、日本を代表する企業のトップが長期視点の経営を改めて重視する姿勢をみせている。

新型コロナのパンデミック(世界的大流行)で各国の社会や経済は大きな打撃を受け、持続可能な開発の重要性が再認識された。今後はESG(環境・社会・ガバナンス)の取り組みを基盤とする長期視点の経営がより重視されることは違いないだろう。

新型コロナの影響で一時、世界的な株安に陥った際もESG投資の健闘が注目された。米調査会社S&Pグローバル・マーケット・インテリジェンスが19年末から20年4月9日の運用実績を分析したところ、ESG関連ファンドの多くが上場インデックスファンド米国株式(S&P500)より損失が少なかった。

◇ ◆ ◇

ただし、ESGに取り組む企業が今後も成長を続け、投資資金を呼び込めるとは限らない。キリンホールディングスなどの社外取締役を務める松田千恵子・東京都立大学大学院教授は「ESGへの理解度が試される時であり、コロナショックはそのリトマス試験紙となる」と言う。

今回の危機で、特に注目を集めたESGの課題は従業員への対応だ。

ESGを経営の中枢に据える花王は、「社員を守る」ことを最優先に素早い対応を見せた。2月28日からグループの国内拠点を「原則在宅勤務」とし、政府が緊急事態宣言を発令すると即座に「出社禁止(在宅勤務)」に切り替えた。生産・物流・販売など事業継続のために出社を要請した社員には「特別要請手当」を支給した。

社員を守ることが仕事に対するモチベーションを高め、持続的成長につながるとの考えがある。

従業員の健康・安全を確保するため、多くの企業が在宅勤務に切り替えた。ただ、テレワーク環境の不備や押印が必要といった理由で出社を余儀なくされる従業員も見受けられた。社内で集団感染が発生すれば事業の継続はおぼつかない。

経営危機で雇用の維持が難しくなっている企業もあるが、短期視点での不用意なリストラは、将来の成長に必要な人的資源を失うことになりかねない。

特に人手不足が深刻な国内は、優秀な人材の維持・確保が最重要課題となっている。コロナ危機を経て、従業員への対応が企業の競争力をよりいっそう左右するようになるとみられる。

松田教授は、「従業員側も自分の生活や仕事を考え直し、企業との距離感を改めて測っているだろう。大上段に構えて社会貢献を吹聴する一方で、従業員に無理難題を押し付けるような企業はいずれ衰退していく。身内の者といった意識を捨て、ステークホルダーとして従業員と向き合う企業が成長をものにする。そのためには、今の評価制度やジョブアサインメントなども全面的に見直しが必要だ」と話す。

コロナ危機を受けて、世界の機関投資家は相次いで声明を発表した。米ドミニ・インパクト・インベストメントや英アビバ・インベスターズ、蘭ロベコ、りそなアセットマネジメントなど300超の機関投資家は、「コロナウイルス対策に関する投資家声明」に署名。企業に対して、「有給休暇の提供」「健康と安全の優先」「雇用の維持」など5つの項目を検討するよう求めている。

根底には、従業員に投資する企業が、十分に訓練を受けた献身的な労働力を維持でき、業務を本格的に再開したときに優れたサービスを提供できるとの考えがある。

パンデミックによって工場での生産が停止し、製品の供給が滞ったことから、サプライチェーンの強化にも目が向けられている。

◇ ◆ ◇

ESG投資に詳しい高崎経済大学の水口剛教授は、「企業価値を維持・向上させる上で経済の基盤を守ることが重要になる。感染症の拡大が収束したときに経済活動を再開できるよう、顧客や取引先を守る。サプライチェーン全体を生き残らせることが企業の評価につながる」と言う。

丸井グループは家賃免除などの取引先支援策を素早く打ち出した(都内の有楽町マルイ)

丸井グループは家賃免除などの取引先支援策を素早く打ち出した(都内の有楽町マルイ)

ESG経営で定評のある丸井グループは4月、グループが運営する店舗に出店する取引先の支援策を発表した。休業期間中の家賃と共益費を全額免除するなど、取引先との関係を強化し、危機終息後の事業継続・成長に備える。

足元の危機対応にとどまらず、取引先などサプライチェーンに関わる企業への目配りはさらに重要性を増すだろう。中でも、気候変動や人権問題への対応は持続的成長や企業の評価に大きく影響する可能性が高い。

ESGなどのコンサルティングを手掛けるロイドレジスタージャパンの冨田秀実取締役は「コロナ後の労働環境については基準の明確化が必要になる。感染症対策として、社会的距離の取り方や現場のシフトなど、これまでリスクとして認識されなかったものに新たな基準が必要になる」と指摘する。

今はまず目の前の危機を乗り越えることに集中する時ではある。だが、「コロナ後」を見据え、人材戦略やサプライチェーンへの対応などを見直し、長期の成長基盤を再構築することが重要になる。

[日経産業新聞2020年6月19日付]

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