春秋

2020/6/11付
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米国社会経済史の研究者、本田創造さんのロングセラー「アメリカ黒人の歴史」は、ある黒人青年のエピソードから始まる。18歳の彼は、白人の女性を襲い、警官を殺した容疑で逮捕された。現場から走り去ったのと同型の車を所有していたのだ。物的証拠は何もない。

▼顔見知りだった被害女性は「彼は犯人ではない」とはっきり証言している。しかし青年は自白調書に署名を強いられて死刑となり、1987年5月、刑務所内のガス室で死んだ。91年刊の改訂版のまえがきで本田さんは、次の世代が新たな米国黒人史をつむぐことで、本書が「無用のものになる日」が来ると希望を託した。

▼それからおよそ30年、18歳の黒人青年によるネット上の投稿が注目されている。自分の命を守るため子供のころから母に教えられてきたという。町中でポケットに手を入れない、買わない商品に手を触れない、警察の職務質問に反論しない――。日常的に偏見の目にさらされるとはどういうことか。その不安と恐怖を思う。

▼米国で黒人男性が暴行され死亡したのを機に差別に反対する声が世界各地であがる。人種にとどまらず、あらゆるヘイトや経済格差による分断が深まって多くの人が人ごとでないと感じるのだろう。沈黙は罪だ。キング牧師にならい連帯を呼びかける、そんな叫びに再び沈黙すれば、新たな歴史の幕開けは遠いものになる。

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