CO2排出「ゼロ以下」へ挑む 米マイクロソフト、1070億円投資
Earth新潮流 日経ESG編集部 馬場未希

2020/5/22付
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新型コロナウイルスの感染拡大が世界を覆う直前の1月16日、米マイクロソフトのサティア・ナデラ最高経営責任者(CEO)が新たな気候変動対策を発表した。「世界が緊急の炭素危機に直面している。グローバルなテクノロジー企業として、我々は自らの役割を果たす特別な責任を負っている。2030年までにカーボンネガティブになる」と宣言した。

気候変動対策を発表したナデラCEO(右)とエイミー・フッド最高財務責任者(中央)、ブラッド・スミス社長(マイクロソフト提供、撮影=Brian Smale)

気候変動対策を発表したナデラCEO(右)とエイミー・フッド最高財務責任者(中央)、ブラッド・スミス社長(マイクロソフト提供、撮影=Brian Smale)

「カーボンネガティブ」とは排出量より多くの二酸化炭素(CO2)を大気中から「除去」し、実質的に排出をゼロ以下、つまりマイナスにする。省エネや再生可能エネルギーなど低炭素エネルギーによる「削減」に加え、大気中のCO2を取り除く「ネガティブエミッション技術」を使う。

この技術の身近な例は植林だ。樹木が大気中のCO2を吸収する特性を利用する。ただ同社が考える本命は、大気中のCO2をプラントで捕集し、地下に注入する「直接大気回収(DAC)」。安価に効率よく、大量のCO2を除去する技術開発に投じる基金の創設と10億ドル(約1070億円)拠出を明らかにした。

温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」は世界平均気温の上昇について2度を大きく下回るか、1.5度の水準まで抑えることを求めた。18年に「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が発表した特別報告書には、1.5度に抑える場合に世界で50年のCO2排出を実質ゼロにするシナリオが示された。マイクロソフトは気温上昇を1.5度にとどめる水準以上に取り組むという。

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ナデラCEOは目標を掲げた理由について、英オックスフォード大学のコリン・メイヤー教授による「企業の目的」の定義を引き合いに出した。

「企業の目的は人々と地球の課題に対し、収益性の高いソリューションを生み出すこと。我々の目的と行動は世界の課題解決と足並みがそろっているべきだ」と説明。気候変動対策について、顧客のサイバー攻撃対策やプライバシー保守、人工知能(AI)の責任ある開発、誰もが最新技術を使う「技術の民主化」と同様に取り組むべきことの1つに位置づけた。

同社のルーカス・ジョッパ最高環境責任者は、「国際社会が真に50年までの実質排出ゼロを目指すなら、企業、組織によっては実質ゼロ以上のことを達成しなければならない。我々は他社ができないことも代わって取り組む責任がある」と説明する。新型コロナ感染拡大でも「我々の気候変動対策の進捗が遅れることはないだろう。むしろサステナビリティーにいっそう焦点を当てるようになった」と話す。

マイクロソフトに限らず、アマゾン・ドット・コム、グーグル、アップルといった米国に本拠を置く巨大IT(情報技術)企業が近年、気候変動対策に取り組み始めている。世界の共通基盤ともいえるデジタル技術と価値を提供する企業が気候変動対策に力を入れ出したのには3つの背景がありそうだ。

1つ目は「企業の責任」を全うしたいと考えるからだ。地球の資源を消費し、CO2を排出しながら、国境を越え地球規模で巨額を稼ぐ企業には責任があるというのだ。

これは巨大企業に対し、ユーザーや政府機関から強まる風当たりをそらすことにもなる。グローバル企業に対するデジタル課税などが議論される中で「持続可能な社会への貢献を訴え、批判を軽減したいのではないか」との見方もある。

2つ目は、気候変動対策が競争力に影響するからだ。成長の源泉となるイノベーションを支えるのはITに精通する若い世代だ。米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは19年9月の調査から「企業の気候変動対策は、若年層の人材確保・維持能力との関連が見られる」との結論を導いた。

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昨秋にはIT大手の社員が勤務先に気候変動対策を求めるストライキが開催され、アマゾンやマイクロソフトの社員の参加も報じられた。SMBC日興証券のチヴァース陽子SDGsファイナンス室長は「気候変動対策の強化は優秀な若手人材の確保や流出を防ぐ重要な要素。長期的に各社の競争力にも影響を及ぼし得る」と見る。

3つ目は、脱炭素経済においても社会に価値を提供し続けるためだ。マイクロソフトはこれまでの気候変動対策を通じて得られた知見や技術を使い、顧客の脱炭素化を支援する方針を明確に打ち出した。

クラウドサービスやAI技術を生かした顧客の脱炭素ビジネス支援、他社のCO2排出の管理・削減の支援、そして革新的なネガティブエミッション技術のソリューション提供に乗り出す。ジョッパ氏は「環境ソリューションの分野で世界をリードする技術プラットフォームのプロバイダーになりたい」と強調した。企業の環境経営に詳しいみずほ情報総研の柴田昌彦シニアコンサルタントは、「脱炭素支援がクラウドサービスの重要な価値の1つになる時代が本格的に始まるかもしれない」と話す。

マイクロソフトは化石資源を扱う産業を含むあらゆる顧客と協力する考えを示す。CO2排出をゼロにする技術革新と環境整備に数十年の時間を要する鉄鋼、化学など素材産業やエネルギー資源産業による当面のCO2削減を支援できる。

社会のニーズをいち早く捉え、技術で応え続けてきたIT大手が、世界の長期的な共通課題である気候変動対策に注目し、脱炭素が前提のビジネスを展開し始める。これらの企業がつくり出す経済圏で生き残れるか。他の企業の経営者にも判断が求められるところだ。

[日経産業新聞2020年5月22日付]

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