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岸惠子(9)主役

黒澤明脚本の「獣の宿」 「山猫みたい」野性的に演じる

松竹の大船撮影所は木造の洋館が点在するモダンで明るい雰囲気だった。春になると桜並木が見事なトンネルを作る。その並木の右側が女優館、左側が男優館である。

湖畔の旅館の孫娘役を演じた「獣の宿」(1951年、大曾根辰夫監督)=松竹提供

女優館を入ってすぐに男優が準備をする床山室があった。「なぜ女優館にあるのだろう」と不思議に思っていたら、ある日、床山さんに呼び出されて「ひぃ、痛っ」と私は悲鳴をあげた。いきなり髪の毛を2、3本抜かれたのだ。

「ごめんね。自分の毛で付け睫毛(まつげ)を作るのよ」

「どうして! 私の睫毛は長いです……」

当時のフィルムは感度が悪く、ドーランは厚塗り、眉も睫毛も誇張しないと映りがぼやけてしまう。おまけに糊(のり)がニスのようにドロリと重く、つけると目が開けられないほどしみる。はがすと自分の睫毛まで抜けるという恐ろしい代物だった。だから今の私には睫毛がほとんどない。

床山室の隣に「結髪(けっぱつ)室」があった。名前の通り髪を整えてくれるが、今のようにメーキャップ・アーティストなんていない。学生から映画界に入ったばかりの私はドーランを渡されてもどうしていいか分からず、闇雲に塗りたくって酷い顔になった。

「惠子ちゃん、せっかくの顔が台無しだよ」と悲鳴を上げた結髪さんが化粧を教えてくれた。以降、なにかと世話をしてもらうようになった。

ある日、演技課長に呼ばれた。「昨日のロケになぜ行かなかったんだ」。私は本名を呼び捨てにされるのが嫌で芸名を考え、毎週変えていた。最後に決めたのが白鳥の湖をもじった「諏訪碧」だった。

「なんて読むんだこれ」

「すわみどりです」

「なんだそりゃあ。男の名前だよそりゃ。自分にも読めないから、予定表にあった名前を見つけなかったのか」

予定表を見忘れただけだったが、芸名は認められず本名の岸惠子にされてしまった。

間もなく私は京都へ行かされた。映画の女性主役がなかなか決まらず、候補の女性スターが寝台車に乗っているとかで、顔を合わせないようにしたのか、同じく首実検に呼ばれたらしい私は三等車にチコンと座って夜を明かした。

京都撮影所の暗いステージに入ると1人の男性の横顔がライトに浮かんでいた。「ご挨拶して」とプロデューサーに促され、私は誰へともなくぎごちない最敬礼をした。カメラ横から監督が身を乗り出し、横顔だった人がゆっくりと私を見つめて正面の顔になった。その瞬間、主演が私に決まったということだった。

プロフィルから視線を移動して私を見たその顔にデカダンともいえる妖しい風景が漂っていた。暗い戦後をくぐり抜けた当時の若者たちを、ニヒルともとれる生々しい危うさで魅了した鶴田浩二という人だと私は知らなかった。

映画は黒澤明脚本の「獣の宿」。私は湖畔の旅館の孫娘で野性的な女の子だったように思う。あるいは私がやったから野性的になったのか。

カメラマンが言った。

「目がキラキラとつり上がって、山猫みたいなすごい女の子が出てきたと思った」

鶴田さんは私を壊れ物のように大事にしてくれた。

「今のままでいなさい。この世界のあくに染まって、女優臭くなっちゃダメだ」

(私はそれほど素直で簡単な女の子ではないのよ)と言いたかったが胸の中でつぶやくだけにした。

(女優)

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岸惠子

女優の岸惠子さんは横浜市で生まれ育ち、戦時中には空襲に遭い九死に一生を得ました。高校時代、同級生と一緒に見学に行った松竹大船撮影所でスカウトされてデビュー。佐田啓二さんと共演した映画「君の名は」で一躍国民的スターとなります。フランス人映画監督イヴ・シァンピさんと結婚して渡仏してからも離婚や辺境への旅など波瀾万丈の人生が続きます。

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