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岸惠子(7)大船撮影所

映画の不思議に魅せられ 学校にも親にも内緒で見学

憧れていたクラシックバレエは悲惨な結果となった。

松竹大船撮影所=松竹提供

幼い頃の私はおてんばで庭の木でよく鬼ごっこをして遊んだ。晴れたある日の昼下がり、飛び付いた枝が折れて空池にドサリと落ちてしまった。その時に骨折した後遺症が影響したのか、どうしても左脚がきれいに上がらないのだ。どうあがいてもプリマにはなれない身となったが、それでもむなしい夢をよすがにバレエに打ち込んでいた。

レッスンを終えたある日の夕暮れ。同級生の田中敦子さん(後の小園蓉子さん)と有楽町を歩いていると、映画館に掲げられた1枚の写真を見てギョッと立ちすくんだ。

それはジャン・コクトー監督のフランス映画「美女と野獣」のスチール写真だった。毛に覆われた醜い野獣の悲しみに満ちた瞳が切なく美しかった。けれど、私の高校では校則で保護者を同伴しない映画鑑賞は禁じられていた。

「ここは東京よ。校章を外せば平気」

ひるむ敦子さんを引っ張って見た映画は私の一生を大きく変えることになる。白黒の映像は美しく、私は「映画」という不思議に魅せられた。

「彫像の目が美女を追いかけてどうして動くの?」

「燭台(しょくだい)の腕が美女の足元を照らして動くのはなぜ?」

胸の中に謎が散らばった。謎は解かなければならない。

「叔父が松竹大船撮影所の所長さんと親友だから、一緒に撮影を見に行きましょう」と敦子さんが誘ってくれた。

大船撮影所に見学に行ったのは学校にも親にも内緒だった。大きなステージの中は暗くて埃(ほこり)っぽく、怒鳴り声が飛び交い、雑然としていた。

ステージの真ん中にしゃれた洋室が建てられ、きれいな女性が男性と向き合っていた。「李香蘭」という人だと所長の高村潔さんが教えてくれた。私はそのカップルよりも2人の前にデンと座っている大きな物体に圧倒された。

分厚い布団を着た妖しげな代物はミッチェルという撮影機で稼働するとジージーと音がするのでセリフを録音するために布団をかぶせられていた。布団の割れ目から大きな「眼」が黒く光っている。それが私の半生を虜(とりこ)にした「レンズ」という魔物だった。

布団を割って1人のおじさんがヌウッと顔を出した。その人が「本番行こうか」と言った途端、耳が裂けそうなほど大きなベル音が鳴り、辺りがシーンと静まり返った。

ステージを出ると、俳優養成所の洋館が見えた。ガラス張りの部屋で十数名の男女がダンスや運動を習っていた。

「背筋をもっと伸ばして」

「膝を曲げて歩かない」

キビキビと声をあげる人物は新人たちに優雅な挙措を教えるために映画会社に招かれたダンスの先生で新人女優よりもずっとすてきだった。

その先生は後に津島恵子という女優になり、「お嫁さんにしたい候補ナンバーワン」の大スター、そして松竹の宝物となった。

撮影所の見物を終えた私たちが門へと歩いていると、ポンと肩をたたかれた。ステージの中で布団から顔を出したおじさんだった。「ケーキでもごちそうしましょう」と言い、「ミカサ」というレストランへ連れて行ってくれた。

レストランでおいしいケーキをペロリと食べた私の顔をしみじみと見て、おじさんが言った。

「お嬢ちゃんたち、女優になりたいと思いませんか」

私は撮影が見たいだけだった。その人が有名な巨匠、吉村公三郎監督だということも知らなかった。

(女優)

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岸惠子

女優の岸惠子さんは横浜市で生まれ育ち、戦時中には空襲に遭い九死に一生を得ました。高校時代、同級生と一緒に見学に行った松竹大船撮影所でスカウトされてデビュー。佐田啓二さんと共演した映画「君の名は」で一躍国民的スターとなります。フランス人映画監督イヴ・シァンピさんと結婚して渡仏してからも離婚や辺境への旅など波瀾万丈の人生が続きます。

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